「失われた30年」はなぜ定着したのか
もっとも、これがたんなる成功であれば、その条件や仕組みを解き明かすというアプローチもありえたかもしれない。だが実際には、そうした試みもあまり歓迎されてこなかった。その背後には、戦後史を深く掘り下げれば「不都合な事実」に行き当たり、われわれの拠って立つ地盤そのものが揺らいでしまうのではないかという、より根源的な不安が潜んでいるのではないだろうか。
戦後の成功神話は、日本国憲法を神聖不可侵とする左派だけでなく、一見すると戦後に否定的と考えられている右派からも、実のところ広く支持されてきた。バブル崩壊以降、「失われた30年」という言い回しが幅広く定着したのもこれと無縁ではない。そこには、ある時期までの戦後が「本来あるべき日本」で「取り戻されるべき黄金期」だという歴史観が暗黙のうちに埋め込まれていた。
しかし、理想とされた時代を詳しく見ていけば、その回復がまったくもって不可能だという冷厳な結論に行き着く恐れがある。そうなれば、国民的に漠然と広く共有されてきた「取り戻す」「あのころはよかった」という物語そのものが成り立たなくなってしまう。それはあまりにも都合が悪い。それゆえに戦後史は、あえて退屈なものとして放置されなければならなかった――。
だが、すでに述べたとおり、もはや同じような態度を続けることはできない。われわれは戦後史にたいして新たな問いを立て、これまでとは異なったイメージを構築しなければならない。それは、黄金時代という幻想にすがることでもなければ、ただ神話を破壊することでもない。戦後史の内部に分け入り、そこから今日に通じる可能性を掘り起こし、それを現在へと前向きにつなぎ直す作業なのである。
もとよりこれは「たかが歴史」の話ではない。歴史はしばしば鑑(かがみ)として用いられ、日常的な判断や選択を拘束してくる。使い方を誤れば、今日のわれわれを苦しめることさえある。戦前の国体論が楠木正成や北条時宗を理想化し、その結果として無謀な特攻や玉砕を後押ししたように。いまをよりよく生きるためにこそ、戦後史を語らなければならない。そしてそれは、憲法改正を真剣に考えるべき現在の局面において、きわめて実践的な意味を帯びている。
とはいえ、ここでさきを急いではいけない。われわれはまず、「失われた30年」以前の時代が、いかなる時代であったのかを確認する必要がある。それは、多くの点で卓越した時代だった。しかし同時に、卓越性のゆえに幻想的な語りを生み出し、それが長く温存される土壌ともなった。われわれ自身の内面に深く根を張る神話と向き合うためにも、その誕生の経緯をあらためて把握しておかなければならない。
※本記事の全文(12000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年4月号に掲載されています(辻田真佐憲「『戦後』の正体」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・日本が本当に「すごかった」瞬間はいつか
・石破茂が語った「成功神話」
・「小さく否定し、大きく肯定する」
