温泉旅館での立てこもり事件で日本中の注目を集めた在日朝鮮人の金嬉老。服役後に韓国へ渡った彼は、一時は差別と闘う象徴として英雄視され、講演や舞台の題材にもなるほどの人気を得ていた。
しかしその晩年、金は不倫関係にあった女性の夫を殺そうとしたとして再び逮捕される。かつて“劇場型犯罪”の主役となった男は、なぜ再び事件を起こしたのか。彼のその後の人生を、鉄人社刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』よりお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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籠城2日目――マスコミに電話
日が変わった21日午前0時20分ごろ、清水署に電話をかけ「手形のもつれからやってしまった」と犯行を告白。時間をおき、寸又峡の「ふじみや旅館」に人質を取っていることも電話で告げたため、同署は島田署に応援を要請し、約40人の武装警官と県警本部特別機動隊のパトカーを現場に出動させる。が、スコープ付ライフル銃、実弾1千200発、ダイナマイト13本を持っていた金にうかつに近寄ることはできず、近隣住民に避難警告を出し、遠巻きに宿を見守るよりなかった。
午前2時過ぎ、金は静岡新聞社に「俺は清水で人を殺した金だが」と電話をかけ経緯を説明。さらに知り合いの掛川署の大橋巡査と清水署の西尾刑事部長となら会ってもいいと申し出た。これを受け、午前8時、大橋と西尾がふじみや旅館に入る。金の要求は、清水署の小泉刑事が朝鮮人差別発言をしたことについて謝罪することと、静岡新聞とNHKの記者と会見させることの2つで「これを聞き入れてくれれば、死をもって騒動を起こした責任を取る」という。
小泉刑事の朝鮮人差別発言とは、前年の1967年7月8日に、清水市内で喧嘩騒ぎがあった際、小泉刑事が喧嘩の当事者の1人に対して「てめえら朝鮮人は日本に来て、でかい面するな!」と言ったとされる暴言のことで、たまたま現場を通りかかりその言葉を耳にした金が、近くの朝鮮料理店に入って電話を借り小泉刑事を呼んで抗議したが、逆に「何をこきやがるこの野郎。てめえら朝鮮人はそのくらいのこと、言われて当たりめぇだ」と侮辱されたそうだ。もっとも、静岡県警はこのような抗議電話を受けた記憶のある者がいないことから小泉刑事の暴言の事実もなかったものとしていた。
