今度は喉の奥が熱くなる。外見の地味な印象とは対照的に、はっきりと「金額」を口に出せる強さにたじろいで、私は上ずった声で返答した。
「大変失礼しました。そういうご希望をお持ちとは存じ上げなかったので、ウチの息子では到底お相手にはなれないです」
なんとか丁寧な言葉を使ったが、依然動揺は収まらなかった。リストにあった〈堅実〉という性格が高収入の男性希望とは思いもしなかったし、そういう条件があるのなら誤解を生むような表現はやめてほしい。それとも〈堅実〉だからこそ高収入の相手を求めるのか、親はそう希望しても本人はどうなんだろうなどと、あれこれ疑問が飛び交っていく。
こうして初の交渉は、ものの数分で打ち切りとなった。ともかく時間の猶予はあるわけで、私は別の母親のもとへ向かったが、座席の前にはすでに5人の列ができていた。あらためて会場内を見渡すと、なにやら熱心に話し込む親同士もいれば、誰も近寄らずぽつねんと座ったままの親もいる。「候補」としての我が子の人気度が、否応なく可視化されてしまう現実がなんとも厳しい。
「息子さんの勤務先は上場企業ですか」
私は列に並ぶのを後回しにし、また別の親のもとへ向かった。父親らしき男性同士が身上書を交換し、互いにうなずいたり、軽く笑い合ったりしている。ちょうど話が終わったようで、すぐに私の順番がきた。
「はじめまして。45番の母です」
「ああ、45番さん。早速にありがとうございます。ウチでもお宅の息子さんにチェックを入れていて、あとでお席に伺おうかと思っていました」
ダークグレーのストライプ柄スーツを着た父親は気さくに笑うと、早くも娘の身上書を渡そうとする。勢いに押され慌ててトートバッグをまさぐると、私も相手の前に息子の身上書を広げた。
「なかなか好青年じゃないですか。モテるでしょう?」
息子の顔写真に目をやりながら、父親は愛想よく言う。お世辞とわかっていても悪い気はしないし、もしや先行きが明るいかもしれないと期待が膨らんだ。
お返しとばかりに女性をほめようとした途端、言葉に詰まった。年齢は34歳、リストの「親から見た子どもの性格」欄には〈明るい、朗らか〉とあり、だからこそ「お相手」候補にしたのだが、実際の当人の写真を見るとニコリとも笑っていない。運転免許証やパスポートの証明写真のようにまっすぐ前を見て、いかにも硬い表情だ。おまけに拡大コピーでもしているのか不鮮明、どう見ても好印象を与えるような写真ではなかった。
言葉に窮しているうちに、父親のほうは私が渡した身上書の記載項目を上から下へと指でなぞり、おもむろに口にした。
「息子さんの勤務先が株式会社○○○となってますが、こちらは上場企業ですか」
またも動揺したが、ここまでの父親の態度からすると、「念のため」くらいの質問かもしれない。
「いえ、違います。新興企業なので従業員数は100名程度だと思います」
「なるほど。いやね、私は新卒入社してからずっと上場企業、世間で言うところの有名企業で働いていたので、社名を見ればだいたいのことがわかるんですよ」