姉川とは“姉川の戦い”で知られるあの姉川で、川の水は古くから農業などに利用されてきた。流域には多くの分水施設などがあり、この遺構も分水や利水に関係する物ではないかと考えた。

 また、謎の遺構の周辺は田畑であり、上部の穴は堤防と同じ高さで、下部の穴は人がしゃがんで入れるほどの大きさがあった。

上部の穴は堤防と同じ高さ。現在は枯れ草に包まれていた
下部の穴は人がしゃがんで入れるほどの大きさ

 そのため、堤防から肥料を投入し、下から運び出していたのではないかと考えた。

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近所の方への聞き込みを開始

 しかし当然、何の確証もない。これは近所の方に聞くしかないと思っていると、たまたま80歳ぐらいの男性が自転車で通りがかったので尋ねてみた。

 すると、詳しくは分からないとしながらも、「あれは姉川の水を分けるもんや」と教えてくれた。姉川の水を分流あるいは取水していた跡ではないかという。私の想像とも一致していた。証言を裏付けようと、すぐ近くを流れる姉川から遺構に至る流路の痕跡を探してみた。詳しく観察した……のだが、そのような痕跡は何も見当たらなかった。

 早々に解決したと思いきや、むしろ謎が深まってしまった。そこで、この地区を管轄するまちづくりセンターを訪ねてみた。

最初に聞き込みに行ったまちづくりセンター

 土曜日だから閉まっているかもと心配していたが、幸いにも人がいた。センターの方も遺構のことはご存知だったが、詳細は分からないという。

「おそらく、姉川の水路関係の遺構じゃないでしょうか」

 自転車の男性と同じことをおっしゃった。しかし、こちらは現地を捜索して川と繋がっている形跡がないことを確認している。これで結論とするには納得できない。さらに聞き込みを進めてみることにした。

 謎の遺構と川を挟んだ対岸は別地区になるが、こちらにもまちづくりセンターがある。現地に赴き、早速尋ねてみた。しかし、対応してくれた男性は「たぶん姉川の水路に関係するものじゃないでしょうか」という。

遺構がある地区とは異なるが、ダメ元で聞き込みへ

 こちらでも明確な回答は得られないかと思っていると、奥に行ってどこかに電話をかけて聞いてくれていた。この時点では記事に書くことは想定していなかったため、趣味で調べているとしか言っていない。それなのにわざわざ電話で聞いて頂いて、申し訳ない気持ちで待っていた。

 すると奥から「えー! そうなんですか!」という声が聞こえてきた。男性が戻ってくるなり「いやー、私もびっくりしたんですけど、水路じゃなさそうです」という。詳しくは直接聞いてほしいということで、電話先のお婆さんの家を教えてもらい、伺うことになった。

 朝からあちこち巡った挙句、最終的には一人の老女が全ての鍵を握っているという展開にドキドキしながら、教えて頂いたご自宅に向かう。