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石灰窯の周りを見ていると、石灰岩ではなく、焼成した石灰の粉が固まっているようなものが落ちていた。黒い燃えカスのようなものもあった。おそらく、焼成後に不純物が多い部分を取り除いてここに捨てていたのだろう。
中には燃え残った石炭かコークスのようなものまで落ちていた。
もう一度訪れたことで、小林さんにお聞きした話の解像度がより上がった気がした。
忘れ去られつつある“地域の記憶”
小林さんに話をお聞きした際「ハイガマのことを覚えてる人はおらん」とおっしゃっていた。小林さんは同じ地区から嫁いできたため、ここで幼少期を過ごしている。ほとんどの女性は他地区から嫁いでくるので、それ以前のことは知らない。
また、小林さんは非常に鮮明に当時のことをお話しくださるので、とても助かった。
色々な偶然が重なり、このタイミングで小林さんに話を聞くことができたのは、本当に幸運だった。何かが違っていれば、複数の方が証言した水利関係の遺構だと結論づけてしまっていた可能性が高い。
こうしたことは、実は全国各地で起こっていることだと思う。文書に残らないような日常の記録は、年月の経過とともに忘れられてしまい、ある時を境に遡ることが不可能になる。失われゆく地域の記憶を少しでも留められるよう、私は今後も多くの人に話を聞いて回りたいと思う。
撮影=鹿取茂雄




