「石野卓球と坂本龍一、どっちが上か」――無名の高校生たちが確信した“巨大な才能”
樋口 僕が好き好きビームを出しすぎて、ずーっと喋ってて申し訳ないです(笑)。椎名さんは中高の頃から電気の2人がこんな大きな存在になると思っていましたか?
椎名 考えてもいなかったですね。でも高校生の俺らはバカだったから、当時は「石野さんと坂本龍一はどっちが上か」みたいな議論をしてたなぁ。
樋口 最高ですねぇ(笑)。それって、ナゴムレコードから『人生』のソノシートも出る前で、卓球さんが全く世に出てない頃でしょう?
椎名 それくらい僕ら周りの友達にとっても、石野さんはショックを受ける存在だったよ。だって、みんながバンドしか聞いてないときに電子音楽の可能性に気づいていたし、実際に坂本龍一みたいな場所まで行っちゃったわけだし。当時から周りの人たちは「巨大な才能だ」と思っていたと思う。
樋口 仲間内でも卓球さんの存在感は本当に圧倒的だったんですね。
椎名 だって『人生』の「カラオケでライブやる」って発想が凄いじゃん。そんな人、誰もいなかったもん。
樋口 あの時代にはそうですよね。
椎名 あと、その頃から卓球さんは、音楽でも本筋のものより実験的なものが好きでしたね。ノイバウテン(アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン)なんかはタトゥーも彫っちゃうくらいだし。
樋口 静岡でそういう情報をどうやってチェックしていたんですかね? やっぱり雑誌の影響ですか?
椎名 洋盤屋ってレコード屋が当時の静岡にはあったから、そこの影響もあるのかな。それと石野さんは、とにかく文化のチェック魔だったよね。彼は今もラジオをたくさん聴いてるし。
樋口 「自宅の全ての部屋にラジオがある」とおっしゃってましたね。
椎名 お笑いも昔からずっと好きだし、『4時ですよ~だ』(1987年~89年)の頃からダウンタウンもチェックしてたし。
樋口 それは早い! ダウンタウンがまだ大阪の頃ですね。
