このように、本筋では何が達成されたのかよくわからず、そうではない右派的な言動で問題が多かったのですが、それが支持に影響することはまったくといっていいほどありませんでした。つまり名古屋市民は、彼の改革が見かけだおしであっても、右派的な言動で騒ぎを起こしても、どうでもよかったようなのです。
あるいはそもそも、このような事実をまったく知らないという人も少なくないのかもしれません。いまだに初当選からトリプル投票までの時期の記憶が残っているのか、ただの「気さく」な河村に親しみがあるのか、メダルをかじっても、何があっても勝つのです。もちろん、対立候補がぱっとせず、しかたなく消去法で河村が選ばれるということもあったかもしれません。しかしそれならば河村の後任を選ぶ選挙で、国政での実績が十分であり、この地域での知名度でももちろん不足はない大塚耕平(元国民民主党所属)が、ほとんど名も知られていない河村の後任候補にあっさり破れてしまったのはどういうことなのでしょうか。
「新しい政治」のほうがマシ?
この一連の出来事から次のような示唆が得られます。中間層を中心とする人々は、往々にして縦の軸、既存の政治か「新しい政治」かという観点から、多くの場合は具体的な政策にもとづくというよりも、おおよそのイメージによって判断し、「新しい政治」を選びます。
しかし、有権者はその後の業績を厳しくチェックするわけではありません。「新しい政治」を選びはするものの、それがしっかり貫徹されるかについてはあまり関心がないようです。右派市民や左派市民と比べると、その政治への要求は切実なものではないのです。
一方、選ばれた政党・政治家の側は、有権者の期待にかかわる部分だけに強い思いを持っているとは限りません。河村のように、ある部分で右派的な要素を強く持っているかもしれないのです。そのため、中間層の後押しによって、右派市民が望むような政治が現実化する可能性も少なくないといえます。
これはもちろん、ポピュリストだけに限ったことではありません。石原慎太郎は都として尖閣諸島を購入しようとしました。安倍政権も経済政策を大きく打ち出しつつ、靖国神社参拝、愛国教育の推進など、右派的な志向が強くありました。
ちなみに、これまでの説明だと、安倍政権が長期化したことと矛盾するように思われるかもしれません。中間層が「新しい政治」を望むのであれば、なぜ安倍政権はあれほど長く続いたのか、若者はなぜ支持したのか、との疑問があります。
この点は、中間層のこだわりのなさによって説明できると考えています。その多くは、どうしても成し遂げてほしい政策があるわけではないため、政権が安定的であるならば「それはそれで別にいいのではないか」と考えます。しかし、政権が不安定な状態になった場合には、どうせ不安定ならば既成の政治よりは「新しい政治」のほうがマシではないか、という心理になるのではないでしょうか。この点は第1章での「保守」派と「改革」派の説明に重なります。多くの日本人は基本的には「保守」なのですが、それが立ち行かないとなると「改革」派に転じるのだとみています。あくまでも仮説的な見立てですが、今後検証していければと思います。
いずれにせよ、理念や政策ではなく、古いか新しいかといった政治手法の違いにもとづく投票行動が結果として何をもたらすのか、もたらしたのかについて、有権者がより関心を持つべきではないかと思います。先にいくつかの国のポピュリスト政権を列挙しましたが、日本はまだそれほど先には進んでいません。しかし、今後その後を追う可能性は少なくないのではないか。インターネットの影響がますます強まっていくなか、そのような懸念を抱かざるをえないのです。
*1 河村たかし『名古屋発どえりゃあ革命!』ベスト新書、2011年、141ページ
*2 大阪にならって「中京都構想」を掲げたのはよいのですが、そこでの名古屋市と愛知県の位置づけについて意見が一致せず、次第に疎遠になっていきました。それはともかく、大村は大村で既成政党との対決と言っていたのに、何事もなかったように県議会各会派と協調関係を取り結び、長期政権を維持しています。そのことがまったく問題視されていない状況もまた、私にはよくわかりません。
*3 河村、前掲書、93ページ