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そして、19日午前6時50分、杉並区上高井戸5丁目在住の主婦が自宅前の路上にルノーが放置されているのに気づく。当時、この辺りは麦畑が続く農村地帯。何か不自然なものを感じた主婦が車内を覗き込むと米俵が見えた。
いよいよ不審に思い警察に通報。ほどなく駆けつけた高井戸署の捜査員が米俵の中から変わり果てた雅樹ちゃんを発見する。まさに最悪の結末。警察は直ちに本山を全国に指名手配した。
エリート歯科医がなぜ誘拐を?
本山は1928年(昭和3年)、新潟県東頚城郡(現・上越市)の富裕な農家の長男として生まれた。地元の高田中学での学業成績は優秀で、卒業後、神奈川県の陸軍兵器学校を経て1947年に東京歯科大学予科に入学。ここでも上位の成績をキープする。
1950年、ダンス教室で知り合った女性講師と学生結婚し、長男も誕生。親子3人は豊島区西巣鴨の4畳半一室に間借りする。大学卒業後の1954年4月から谷中三崎町(現・台東区谷中)の歯科医院にインターン勤務し、翌5月に歯科医師国家試験に合格。その後、いくつかの歯科医院に勤務し、1955年3月から銀座に本院のある杉並区下井草の歯科医院の分院長になった。
腕が良いと評判で、病院は大盛況。同年12月に病院近くの一戸建てを借り、1956年11月には前の病院の目と鼻の先に自身が経営する「本山歯科医院」を設立し、その数ヶ月前には二男も授かった。ちなみに開業資金は妻の父親が退職金から全額融資したそうだ。