《もともとあの作品が終わったら、ロンドンに留学する予定だったんです。その頃の私は崩壊寸前で、感情が欠落していて、全てが嫌だった。自分が自分をコントロールできなくなっていて、日本を離れて立て直さないと、これ以上は無理だと思っていました。あの舞台挨拶の日も、もういっぱいいっぱいの精神状態だったんです。そしてそのまま海外に行ってしまったから、逃げたように見えたかもしれないし、もう日本では仕事はできないだろうと覚悟もしてました。21歳ぐらいの頃かな。あの時期はどん底だった。本当に苦しかった》(『Numero TOKYO』2019年10月号)
20代前半の彼女は、求められる「沢尻エリカ像」はこうなんだと、自分で作り上げたフェイクになり切ろうとするあまり、精神的に追い詰められてしまったのだという。
渡英・休業→クリエイターと結婚→離婚
語学留学のため予定どおり渡英して以来5年ほど、沢尻はほぼ休業状態だった。公私ともに波瀾が続き、2009年にはデビュー以来所属した事務所から解雇を具体的な理由は公表されないまま通告される一方で、クリエイターと結婚。しかし、翌年には離婚に向けて協議に入り、2013年に成立している。この間、2010年にはエステのCMに企画段階からかかわり、絞り込んだボディを披露して復活を謳ったが、結局、この時点で本格復帰は果たせなかった。
それでも、水面下では、蜷川実花監督が岡崎京子のマンガ『ヘルタースケルター』を映画化するにあたり、主人公・りりこの役をオファーされていた。りりこは全身整形してトップモデルとなるという役どころで、蜷川は映画化の権利を得たときから、沢尻がいいと思っていたという。造形的に美しい顔を持ち、かつ演技力があることに加え、《あんなに歓声と罵声を浴び続けた彼女の位置からしか見えない世界が、必ずある。この映画のプラスになると思った》というのがその理由だ(『キネマ旬報』2012年7月上旬号)。それが撮影に入る2年ほど前で、出演を打診されるや沢尻はぜひやりたいと乗り気になったという。
