バス乗り場にできた長い列

 軽井沢T-SITEの脇のバス乗り場には、長い列が出来ていた。この駅からバスに乗り継いで行く先があるのだ。

 

 さらに駅前から北にまっすぐ伸びる目抜き通りにも、そこそこの人が行き交っていた。レンタサイクルを借りた外国人のファミリーが幅が広くて歩きやすい歩道を颯爽と駆け抜けてゆく。

 バスやレンタサイクルもいいけれど、ここは歩いて先を目指す。せっかくなので目抜き通りを北に向かって歩いてゆこう。

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 駅から離れるにつれて少しずつ観光客好きしそうな店が増えて、人通りも増してゆく。そして歩くこと20分ほど。ひときわ多くの人が集まり賑わっている交差点にぶつかった。行列が出来ている店がいくつもあって、さらに交差点の奥の商店街には熱海もびっくり、たくさんの人が行き交っていた。

 

 ちょうど軽井沢駅からのバスが到着すると、これまたたくさんの観光客が降りてきて、商店街へと消えてゆく。きっと、クルマでここまでやってきて、近くの駐車場に停めて散策している人も少なくないに違いない。

 ここは旧軽井沢銀座商店街、いわゆる“旧軽”と呼ばれる一帯だ。

軽井沢の中心はいまも昔もこの辺り

 行列のできる店がいくつもあって、熱海と同じように若い女性のグループやカップルの姿も目立つ。が、外国人観光客については熱海よりも多いようだ。

 

 旧軽銀座から脇道に入っても、味のある店が軒を連ねるリゾート地らしい町並。一筋南側の道沿いには、明治時代から続くという名門のテニスコートもあった。なんでも、上皇陛下もここでテニスをしたことがあるらしい。

 

 テニスコートのすぐ近くには、「八田別荘」という海軍軍人の八田裕二郎が建てたという別荘も残っている。明治の半ば、日本人で初めての軽井沢の別荘なのだとか。

 

 駅前から歩いて20分、バスに乗れば5分ほど。散策して、食べ歩きをして、飽きることのなさそうな旧軽銀座。“旧”などと付いているけれど、軽井沢の中心はいまも昔もこのあたり、なのである。

 

 というのも、旧軽銀座の商店街はかつて東西の大動脈・中山道の一部だったのだ。それも、軽井沢宿という宿場町。江戸時代以前にも上州と信州の国境にして、碓氷峠を越える軽井沢は交通の要衝だった。