品川自動車は村越家から約300メートル、徒歩5分の自動車販売会社。豊子さんは電話を切ってすぐに、今度は本物の1万円札50枚を用意する。新聞紙などで偽装した偽札に犯人が怒り息子に危害を加える可能性があったからだ。警察はこれを了承したものの、急な事態とあって札の番号を控えることを怠る。
豊子さんは、現場に向かうべく自宅の前に停めてあった店のトヨタエースに乗り込む。運転は親戚の男性が買って出た。
一方、警察は村越家の玄関から出動するのは目立つと判断し、2階から隣家の物干し台を伝い裏道へ。捜査員の1人が車の荷台に潜み、刑事5人が徒歩で品川自動車へ向かうことになった。とはいえ、豊子さんの車が走る表通りを行くのは危険。
そこで刑事たちは裏手の道を迂回するルートを選択する。距離にして約500メートル。車が先に着くのは明らかだが、警察は間に合うだろうと甘く考えていた。
身代金が奪われた!
豊子さんが現場に到着したのが1時36分ごろ。すぐに指定された車を見つけ、荷台で吉展ちゃんの靴を発見。その場に金を置き現場を立ち去った。一方、刑事が到着したのが1時41分ごろ。すでに金は奪われており、以降、犯人からの連絡はぷつりと途絶える。
警視庁内部ではこの失態を隠すため箝口令が敷かれ、ミスが発覚する前に犯人を逮捕すべく躍起になった。が、手がかりは掴めず、4月19日、被害者の自宅近くで犯人を取り逃がし、身代金を奪われた事実を発表し公開捜査に踏み切る。
マスコミや世間から激しい非難を浴びるなか、25日には犯人の肉声(4月4日に母親と交わした会話の録音テープ)をテレビやラジオで公開、広く情報を募る。この時点で、警察は犯人の声が落ち着きはらい、訛りがあったことなどから、40~50歳の関東北部から東北出身で、なおかつ事件現場となった入谷付近の土地勘がある人間だと睨んでいた。
声の公開は想像以上の反響を呼び、「似た声の男を知っている」との情報が1万件近く寄せられた。警察はその一つ一つを当たり、捜査線上に1人の男を浮かび上がらせる。小原保(同30歳)。福島県出身の時計商だ。小原に関しては、近所に住む人や職場関係者の他、身内からの通報もあり、大きな疑いが向けられる。