発見された遺体の口元には⋯

 吉展ちゃん殺害を自供したのは翌7月4日。

 身なりの良いことから金持ちの家の子供に違いないと公園で声をかけ誘い出した際、「おじちゃん、足が悪いの?」と言われたため、このままでは自分が特定される思い、誘拐直後に荒川区南千住の円通寺に連れ込み、首を絞めて殺し、遺体は墓地の中に埋めたそうだ。その2日後、新聞で自分が殺めた子供が吉展ちゃんと知り、村越家に脅迫電話をかけたのだという。

 逮捕翌日の7月5日未明、供述どおり円通寺内の墓地から遺体発見。吉展ちゃんの口元からは2年で発芽するネズミモチが生え出していた。

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 営利誘拐・殺人・死体遺棄・恐喝の容疑で起訴された小原に対して、東京地裁は1966年3月17日、死刑判決を言い渡す。弁護側が計画性はなかったとして控訴したものの、同年11月19日、東京高裁はこれを棄却。翌1967年10月13日に最高裁が上告を退けたことで死刑が確定した。

 東京拘置所に収監された小原に死刑執行が言い渡されたのは、執行前日の1971年12月22日(現在、言い渡しは執行当日)。獄中で教誨師と出会い、短歌に打ち込んできた小原の心はすでに落ち着いており、執行当日の朝、お経が流れる刑場で辞世の歌を何首か詠んだ後、教誨師に対して最期の言葉を口にした。