犯人発見と思いきや⋯

 そこで、捜査本部は5月21日から3週間にわたり本人を取り調べるも、小原は事件への関与を全面否定。結局、逮捕しないまま釈放してしまう。声から警察が推定した年齢に比べ小原は10~20歳年下で、かつ足が不自由。それは見た目にもわかるほど右足が湾曲しており、当然ながら歩きにくい。

 そんな人間が、警察が現場に到着するまでのわずか5分間で身代金を奪い逃走できるとは考えられなかった。また、事件前に多額の借金を抱え、事件後に「密輸で金ができた」として返済していたところは怪しかったが、その金額は20万円。

 身代金の50万円と合致せず、ウソ発見器の検査結果もシロだった。

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 決定的だったのは、事件当時、小原が故郷の福島に戻りアリバイがあったことだ。本人の供述によれば、

(1)3月27日15時か14時ごろ、実家に近い国鉄水郡線の磐城石川駅に着き、駅前で従兄弟に会った。実家とは疎遠で、その夜は、近所のAさん方の「藁ぼっち」(稲藁を編んで山のように積んだもの)で寝た。

(2)3月29日午前9時ごろ、藁ぼっちで寝ていたところをAさんに追い出された。夜は実家の土蔵にかけられていた落とし鍵を木の枝で開け、中の凍み餅を食べた。

(3)3月31日夜、またAさん方の藁ぼっちで寝た。

(4)4月1日、前日と同じくAさん方の藁ぼっちで寝た。

(5)4月2日、60歳くらいのBさんに見つかった。

(6)4月3日13時ごろに上野駅に着いた。

 供述を裏付ける証言もあり、事件発生の3月31日は雑貨商を営む老婆(Aさん)が足の不自由な男が橋を渡っているのを見ており、4月2日には別の老婆(Bさん)が十二指腸潰瘍を患っていた孫を病院に連れていく途中、同じく足を引きずって歩く男を目撃していた。

 男が小原であることは明らかで、これら証言が事実なら小原が吉展ちゃんを誘拐することは不可能だ。が、真犯人はやはり小原だった。それが証明されるのはまだ先のことだ。