3/6ページ目
この記事を1ページ目から読む
出井にとっては本格的な、自ら一人が責任を負う国際ビジネスのデビューとなったパリ。そのパリは、ビジネス以外にも様々なものを出井に残す。その水先案内人となったのは、欧州で活躍していた日本人女優、谷洋子だった。谷洋子の父・猪谷善一は戦前、東京商科大学(現、一橋大学)で教鞭をとっていた経済学者だった。この猪谷と出井の父でやはり経済学者だった出井盛之が近しい関係にあり、その紹介を受けることになったのだった。
谷洋子は日本人初の国際女優であり、出井は彼女を通じて彼女を見出したマルセル・カルネ、不朽の名作といわれる『天井桟敷の人々』の監督を務めたフランスを代表する映画監督や、日本でも一世を風靡したデザイナー、ピエール・カルダン、フランスの大女優ミレーヌ・ドモンジョなどを紹介され、いわゆる社交界の世界も知る。出井がタキシードを初めて身につけたのはフランス滞在中のことだった。日本とはまったく違うショービジネスの世界を垣間見たのもこの時だった。
30代前半、サラリーマンとしての身のこなしを身につけていくこの時期にフランスでただ一人でサラリーマンをしていた出井が組織の中での“個”を見つめ、考えるには十分な環境と時間があった。