雅子皇太子妃が望む「自分を役立てる新しい道」とは、自分のキャリアを皇族として国際親善に生かすことであり、それを実現することが、自分らしさの発揮だと考えていたことは想像に難くない。

 雅子皇太子妃にとって、「外国と関わること」は、自らの存在意義にも等しいことであり、後に中傷されるような、単なる「海外好き」「外国生活かぶれ」などというものとはまったく異質であったことを、ここで確認しておきたい。

国際親善デビュー

 雅子皇太子妃の「国際親善デビュー」は、早かった。結婚翌月の1993(平成5)年7月8日、東京サミットに出席していた各国首脳を天皇が招き、皇居・宮殿の「豊明殿」で宮中晩餐会が開かれたのだ。

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 出席者は、米国のクリントン大統領、ロシアのエリツィン大統領、フランスのミッテラン大統領、ドイツのコール首相、英国のメージャー首相、イタリアのチャンピ首相、カナダのキャンベル首相(いずれも当時)らという豪華な顔ぶれだった。この日の様子を「読売新聞」は「さっそう プリンセス・マサコ “宮中サミット”笑顔の主役 通訳なしで歓談」との見出しで、次のように報じている。

 東京サミット出席の各国首脳らを招いての宮中晩さん会が8日夜、皇居・宮殿「豊明殿」で開かれた。首脳らは雅楽が流れる中、天皇、皇后両陛下のもてなしで夜の宴を楽しんだ。結婚後1か月の皇太子妃雅子さまは、皇族として国際舞台へデビュー。元キャリア外交官らしく、得意の外国語で世界のトップとなごやかに歓談された。(中略)

 各国首脳は午後7時半から次々と宮殿南車寄に車で到着、皇太子ご夫妻が出迎えられた。「皇室外交」の表舞台に、お二人そろって登場されるのは初めて。皇太子さまはタキシード、雅子さまは鮮やかな若草色のイブニングドレスで、各首脳夫妻とにこやかに握手をし、あいさつを交わされた。コール独首相は、お二人に「ぜひ来年、ドイツに来てください」。(中略)

 雅子さまはキャンベル加首相やECの首脳夫妻らと通訳なしで談笑し、時には皇太子さまと離れ、たった一人で首脳らに囲まれる場面もあり、板についた「外交手腕」を見せられていた。(中略)

 両陛下の間にミッテラン仏大統領が、その両わきにエリツィン・ロシア大統領夫妻が座り、雅子さまはエリツィン大統領とクリントン米大統領にはさまれる形で着席された。(中略)

 この日の晩さん会の中で、クリントン大統領はヒラリー夫人に「(雅子妃は)素晴らしい方だ。私と同じオックスフォード留学生だしね」。(「読売新聞」1993年7月9日)

「通訳なしで歓談」という“褒め言葉”は、令和となった時代でも、皇族に対してしばしば使われるが、これだけ国際化が進んだ今、そのような褒め言葉に違和感は拭い難い。通訳の要不要よりも、会話の中身、交流の真価で評価してもらいたいと多くの皇族が思っていることだろう。

天皇皇后両陛下 ©getty

 読売のこの記事は、皇室入りして間もない「外務省キャリア」をどう褒めていいか分からない戸惑いを如実に感じさせながらも、皇室のニューフェイスである雅子皇太子妃を、皇室に新風を吹き込む存在として好意的に描こうとしている。この姿勢は、この時点ではどのメディアも同じだった。