――最初はお母さんがかなり動揺されていて、なかなか受け止めることができなかったそうですね。

山川 1人目が健康に生まれていて、妊娠中もまったく問題がなかった中、本当に突然私の障害を知ったということもあり、これからどうやって育てていけばいいのか、健康に生んであげられなかったのは自分のせいではないかと、悩んだのだと思います。

 

 

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 生まれて1ヶ月間は大学病院に入院していたんですけど、その間、母は子育てに逃げて、なかなか会いに行けなかった、というのも聞きました。

 その後も、とにかく私をさらし者にしたくないということで、両親はかなり神経をすり減らしていたみたいです。

小さい時は現像がいらないポラロイドカメラで撮影していた

――赤ちゃんの時から、見た目によって差別を受けることがあった?

山川 ジロジロ見てきたり、ひそひそ話をされたりするのはしょっちゅうだったみたいで。お医者さんから「これはひどい」と言われたこともあり、移動の時にはベビーカーの幌を目いっぱいにおろして、人目を遮るようにしていたそうです。

 人目を気にしていたこともあり、小さい時は写真を現像に出してなかった、というのも聞きました。

――現像に出すと写真屋さんに見られてしまうから?

山川 そうです。当時はまだデジタルカメラもなかったので、現像のいらないポラロイドカメラを買ってくれて、それで撮ってくれていました。

幼少期の山川さん

――「さらし者にしたくなかった」というご両親の思いを、山川さんはどのように受け止めた?

山川 大人になってから聞いたんですけど、そりゃそうだよね、って。全然嫌な気持ちにはならなかったですし、今でこそ母親はめちゃくちゃ前向きで強い人ですけど、そんな母も昔は悩んだり、周りと闘っていたんだと知ることができたのは良かったです。

 それに私自身、生まれたての自分の写真を見た時はかなりびっくりしてしまって。

――そうだったんですね。

山川 生まれたばっかりの写真はほとんどなかったので私も見たことがなかったんですけど、書籍づくりのために探していた時にたまたま発見して。

 言い方はよくないかもしれないですけど、生まれたての鳥のひなみたいで、周りに見せたくないと思ってしまったんです。それもあって、両親が抱いた気持ちもより納得できました。

 それこそ思春期の頃は、同じ障害の人を見るのも嫌だったんです。