5歳まで続いた放射線と抗がん剤の壮絶な治療
愛迷 そうです。1歳のときに、握りこぶし2つ分ほどの大きさの腫瘍があったようです。当然すぐに大きな病院を紹介してもらって入院し、手術になるわけですが、大病院の医師いわく「あと1~2週間発見が遅かったら、生きていなかっただろう」と。ちなみに、腫瘍は肋骨にこびりついていて、1歳のときの手術で肋骨2本を摘出しています。
――当たり前ですが、闘病生活はつらいですよね。
愛迷 辛かったです。結局、私は1歳のときにユーイング肉腫だと診断されて、3歳、5歳で再発をしています。1歳から5歳までのうち、入退院を繰り返しながら、入院期間を合計すると2年強になるんです。ほとんど、病院が自宅のような生活を送っていました。
1歳で手術を経験し、抗がん剤を投与されました。このとき、髪の毛が全部抜けています。3歳のときには骨髄移植と抗がん剤にくわえ、放射線治療もやりました。このときに、人間が生涯で浴びられる放射線量の限界値まで浴びてしまっています。とにかく副作用が強かったのを覚えています。嘔吐用の銀色の皿が用意されていて、それにずっと吐いていましたね。その記憶が濃いです。
5歳で再再発したときには、もう選択できる治療法がなくて、身体に抗がん剤をばら撒いたそうです。すると、本当に奇跡的に寛解したと医師から伝えられました。
――特に抗がん剤の副作用のつらさは、現在でも思い出すほどだとか。
愛迷 20年以上の年月が経過しても、頭の片隅にずっとありますね。今後の人生でも消えないかもしれません。何種類もの抗がん剤を投与されたのですが、そのなかに当時の主治医が「世界で2番目にきつい」と言った薬があるらしいです。
また、薬のつらさももちろんですが、入院生活そのものも精神的にはこたえました。昨日まで病室で一緒に遊んでいた友だちが明日にはいなくなってしまうことを経験し、さみしいなと感じたこともありました。
――手術を経験された身体には、傷跡が今もあるのでしょうか。



