『銀河の一票』が様々な人物・場面を通して描いていくのは、「政治=生活」という視点だ。後見人制度の壁や、車椅子であらゆる場所に行き、SNSで投稿しては「政略結婚ワイフ」と揶揄されつつも「障がい者=見えない存在」でなくすための戦いをしている継母(小雪)、お嬢として育った茉莉が家と仕事を一度に失って家も借りられなくなること、非正規雇用で保険料も払えない若者――政治からこぼれ落ち、切り捨てられかけている人たちの姿が、次々と描かれる。
スナックの常連客のこぼす「政治の話はよくわかんないかな」「偉い人に頑張ってもらうしかない」「自分のことで精一杯だからね」もまた、その地続きにある。
政治の素人として政策を一から学び始めたあかりに、茉莉は「選挙で勝つには、約24%にあたる生活困窮者向けの政策は公約に入れないのが鉄則」と参謀から学んだ知恵を伝える。すると、あかりは素朴に問い返す。その24%の人が全員投票してくれたら勝てるんじゃ?――政治の世界しか知らなかった人たちからは出てこない発想だ。
きらびやかなスター街道を走ってきた人では出せない説得力
茉莉とその父が政治家として大切にしてきたのは、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という言葉だ。あかりは、政治の言葉ではなく生活の言葉で、その本質をつかんでいる。
あかりが立っているのは、上から救いの手を差し伸べる場所ではない。同じ地平で、自分も傷ついてきた者として、切り捨てられかけた人たちに手を伸ばす場所だ。中心ではなく端っこから出発し、押しのけたり押しのけられたり、嘘をついたりサボったりしながら、それでも辞めずに必死で生きてきた野呂佳代だからこそ、「同じ地面に足をつけて、同じ景色の中で、同じ気温を感じながら、同じ道を歩く」という台詞が、画面の外まで届く。
きらびやかなスター街道を走ってきた人では出せない言葉の説得力を、野呂佳代の存在が保証している。だからこそ彼女はいま引っ張りだこなのだ。
