バターの量が違っていたのです。
ホワイトソースを作るときにもバターを使います。でも、それとは別に「さらにバターを加えろ」と書かれていました。
これは怖い。動脈硬化気味の私には、ちょっと無謀なのではないか? チラリと不安が頭をかすめたのですが、レシピに忠実に作ってみようと決めた手前、レシピ通りの量のバターを入れてみたわけです。
そして私は合点しました。やっぱりおいしさの秘訣はバターにあったのだと。その晩は、おいしくできたシチューを口に運びながら観念しました。そして身体中の血管に伝達しました。
「すみません。今日は許して。明日から調整しますので」
毎日、
「身体にはいいけれど、なんとなくおいしくないな」
と思いながら食事をするよりも、
「今日はたっぷり悪いものを身体に入れて感動した! 明日はその分、我慢します」
というほうが、総じて身も心も元気になるのではないでしょうか。
母も大のバター好き
ウチの母は92歳で他界しました。最後の10年近くは認知症を患い、すっかり子ども返りをしていましたが、身体はほぼほぼ元気でした。
とはいえ、狭心症の手術をして心臓の血管にステントを2本入れておりました。心臓病の薬も欠かさず飲まなければならない状態でしたので、あまりコレステロール値の高い食事はさせられないと家族も気を配っておりました。
ところが母は大のバター好きでした。朝ご飯にパンを焼くと、自分でバターをたっぷり塗るのです。なぜかそのときは、
「🎵辛酸なめ子、バターなめ子」
勝手にこんな歌詞と拍子をつけた歌を口ずさみながら、楽しそうにバターを塗り重ねます。認知症になってからも『週刊文春』には目を通していて、以前連載されていた「辛酸なめ子」さんのエッセイを愛読していたらしいのです。辛酸なめ子さん、すみません、歌にして。
で、自作の歌を歌いながらあんまりバターをたっぷり塗るものだから、家族は当然のように叱りつけます。
「母さん、ダメだよ、そんなにたくさんバターをつけたら。心臓によくないんだよ!」