子どもの頃から、人よりは多く食べる子だった
といっても、もちろん本質的には“大食い”であることには変わりない。そもそも子どもの頃から、人よりは多く食べる子だったとか。
「フードバトルに出てどうなるかとかはわからなかったですが、よく食べていましたね。お寿司だったら小学校の頃から20皿を超えていたし、中学生では30皿。お金がかかるから親からは嫌がられていました(笑)。
お腹いっぱいになることはありましたけど、でも限界ギリギリまで食べたという感覚は、一度もなかったですね」
お腹いっぱいと限界ギリギリがどう違うのか。凡人の胃袋しか持ち合わせていない筆者には、ちょっとわからない。少なくとも、小学生が回転寿司を20皿も食べたら、人によっては戻してしまうこともあるだろう。
ジャイアント白田が子どもの頃から並外れた胃袋の持ち主だったことは、間違いないようだ。
「飲食店のチャレンジメニューってあるじゃないですか。たくさん食べたら賞金を貰える、みたいなヤツ。テレビに出るようになるちょっと前に、50皿食べたら1万円というお寿司のチャレンジメニューに挑戦してクリアしたんです。
それがすべてのはじまりでした。フードバトルにも出てみよう、って」
初めてのフードバトル大会で準優勝
フードバトル系のテレビ番組はよく見ており、予選ならクリアできそうだと思っていた。ただ、黎明期のフードバトルは同じ日に何回も戦う“連戦スタイル”が一般的。それではちょっとキツいのではないか、とも考えていたという。ところが。
「最初に出場したテレ東の大会で、準優勝できたんですよね。予選でも寿司を85皿食べて、歴代最高記録で1位通過して。もしこのときに2回戦落ちとかだったら、続けなかったと思いますよ。すごい世界だなあと思ってそれで終わり。
でも、準優勝ですから。頑張れば日本一を取れるチャンスがあることに巡り会う機会って、そうそうないじゃないですか」
あと一歩で優勝を逃した悔しさが後押しした、フードファイターへの道。夏にはレジェンドフードファイターの岸義行氏に声をかけられて、日本大食い協会主催の大会に出場する。そこで『フードバトルクラブ the 2nd』への出場を誘われた。
