もう1人の男

 東日の「相ついで家出」という小見出しの記事には「犯人さだは本年2月ごろ、吉田屋へ女中として住み込んだが、美人で様子のいいことから主人と変なうわさが立ち、二人は主人の妻女とくさんの目を盗んであいびきしていた。4月23日ごろ、さだは荷物をまとめて無断で家出し、その翌日、石田さんも金を懐中にブラリと飛び出し、そのまま便りもなかったが、1週間前、石田さんはひょっこり帰宅し、また家出したままになっていたものである」とある。

 この一報の段階で各紙には、定のもう1人の男として地方の有名学校の校長が登場していた。東朝は「中京商業校長を取調」の見出しで書いている。

 凶行前夜の男女は夕食にビール2本を抜いて間もなく寝込んだようであったが、18日朝8時ごろ、きれいに化粧した女は「水菓子を買ってきます」と称し、待合で呼びつけの三業タクシー運転手・小林春綱の自動車で新宿へ向かい、伊勢丹横側の交差点で停車するや「ここでいいわ」と車から降り、にぎやかな新宿通りへ姿を消してしまった。

 同女がさる16日、神田区淡路町2ノ8、萬代屋旅館に宿泊中の名古屋市市会議員、中京商業学校長・大宮五郎(49)に手紙を差し出した事実が判明したので、同氏につきその間のいきさつを調べに急行したが、大宮氏は18日朝、外出したまま深更に至るも宿へ帰らず、捜査本部では旅館へ刑事を派して帰館を待ち構えていたが、大宮氏は19日午前1時、市内某所から尾久署に連行。参考人として取り調べられている。

 愛知県の地元紙・新愛知(中日新聞の前身の1つ)は初報の19日付朝刊で「中商校長も登場 帝都に獵(猟)奇の怪事件!」の横見出しをとり、大宮校長の写真だけ載せている。当時は東京を「大日本帝国の首都」の意味で「帝都」と呼ぶことが多かった。もう1つの地元紙・名古屋新聞(同)も同じ日付で「渦中に大宮中商校長」の見出し。大宮校長は定のパトロン的な存在だったが、当初は三角関係のもつれとの見方もあり、その点を強調した新聞も。

ADVERTISEMENT

「中京商業校長も登場!」と報じる新愛知

「二人はやけるほど仲がよかった」

 読売は「中京商業の校長と 凶行後、日本橋で密會(会)」の見出しで、定が事件後、「日本橋某所でかねてなじみの中京商業学校校長・大宮五郎氏と会って姿をくらましたことが分かった」と記述。報知は「冷たい秋風吹き 大宮校長へ鞍替(くらがえ)(はら)」の見出しで「牛を馬に乗り換えようと、吉蔵氏を殺して大宮氏の懐に飛び込もうとしたものらしい」と書いている。実際は東朝が「(ただ)れた情痴生活」という別項記事に載せた「まさき」の伊藤もとの証言の方が正確だったようだ。

「二人はやけるほど仲がよかった。時々女が胃けいれんを起こすと、男は夜っぴて介抱してやるというほどに睦まじかった」。

(つづく)

次の記事に続く 「アレを持っているな」「ええ」殺した男の“体の一部”を持ち歩き…阿部定(当時31)が逮捕直前にみせた“大胆すぎる行動”

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。