「戦争トラウマ」――戦地から帰還した兵士が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、無気力となったり、家族へ暴力をふるったり、アルコール依存に陥ったりする状態を指す。近年、メディアでも注目され、今年3月からはその実態を描いたドキュメンタリー映画『父と家族とわたしのこと』も公開されている。
大阪在住の藤岡美千代さん(67)は、戦争トラウマを抱えた父・古本石松(ふるもと・いしまつ)さんから激しい虐待と性暴力を受けて育った。父は47歳で自死。平穏な暮らしが訪れるかと思われたが、その後も美千代さんの人生から暴力が消えることはなかった。
なぜ美千代さんは、父親の死後も“破滅的な生活”を送ることになったのか。長年フタをしてきた“父との問題”に向き合うようになったきっかけとは。ノンフィクション作家のフリート横田氏が取材した。(全3回の2回目/3回目に続く)
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「戦争に行く前はおとなしくていい人だった」火葬場で父のことを話す親戚
「やったー!」
父親の死後、美千代さんは兄と2人、何度も何度も万歳を繰り返した。これでご飯がちゃんと食べられるし、ゆっくり寝られる。
「とってもいい人で、優しい人だった」
「戦争に行く前はおとなしくていい人だった」
「戦争から帰ってきたら、違う人になった」
山間での火葬の場では、父のことを話す親戚たちの声が美千代さんの耳に響いていた。棺のまわりに藁束がおかれ炎が上がる。怖い、と兄が泣いて帰ってしまっても、美千代さんはその場から離れることができなかった。燃え上がる父の棺を見つめ続けていた。周囲の大人たちは、父を思う子のいじらしさ、と受け取ったが、違う。
「こいつがこの世から消え去るのを見届けるつもりで、絶対私はここにいると、強く思っていました」
「兄は、夜になると美千代さんの布団へ…」父の死後も続いた“暴力”
それからは父のことはなかったことにして心を落ち着けるのだった。これでようやく平穏な暮らしがはじまる、と思いきや、そうではなかった。
仕事をかけもちしていた母にかわり、家事はすべて、小学生の美千代さんが担うことになった。冬、妹や兄、仕事を終えた母があたたかい室内でテレビを見ているときも、冷たい真水で洗い物を続ける日々。そしてあるとき兄が耳打ちした。
「お父ちゃんとお前がしていたことは知っているぞ」
その語り口は、まるで美千代さんが自分から父を誘ったような響きを持っていた。兄は、夜になると美千代さんの布団へ入ってくる。
「もうそんなことせんといてって(兄に)言うんですが、首絞められたり、殴られたりするわけです」

