同じものを見ているにもかかわらず、具志堅さんと私では見えているものがまったく違っていた。目の前にあるのは同じ骨片や砲弾の破片なのだが、40年の経験と知識の積み重ねによって、それらに連なるはずのまだ発見されていないものすら見えているようだった。それがわかってからは、私の質問によって具志堅さんが遺骨と出会った瞬間の空気感みたいなものが壊されているなと思うようになった。私は次第に質問を控え、その稀有な時間を映し撮ることに専念するようになった。
見えない“誰か”との対話
遺骨と具志堅さんとの出会いの時間に注意を払いながら撮影を続けていると、さらなる発見があった。よくよく観察すると、具志堅さんはまるで自分が誰かに見られているかのように遺骨収集をしていることに気づいた。うまく言葉にできないが「自分はこの場でしゃんとしていなければならない」というような佇(たたず)まいなのだ。おそらくそれは、まだ掘り出していない遺骨や死者の目線を感じていたのではないか。本人は無意識の領域かもしれないが、私はそのように感じた。
それまでの撮影では一人で黙々と土を掘っている具志堅さんをワンショットの画角で撮影している感覚だったが、それに気づいてからは次第に少し引いた画角を選ぶようになり、具志堅さんが“見えない誰か”と一緒にいるようにツーショットやグループショットを撮るような感覚に変わっていった。“見えない誰か”の気配はガマや森そのものからも感じられたので、それらの風景も登場人物のように撮影した。
実際、具志堅さんは遺骨収集現場を観察し、たくさんの情報を得て、それを頼りに作業を始める。するとその具志堅さんのアクションに応えるように収集現場で何かが見つかり、さらに具志堅さんはそのリアクションを受け取って次のアクションに取り掛かる。このような具志堅さんと遺骨収集現場の交感というか相互作用みたいなものも含めて、カメラで捉える視点に変わった。現場の状況や土の中から出てきたものを分析し、先述したような戦時中にガマで起きたことなども綜合しながら、具志堅さんは次のアクションを選び取っていく。その逐一を観察していると、具志堅さんは遺骨収集する場所そのものと対話しているようにも感じられた。
そのような経験を重ねていると、遺骨収集現場と具志堅さんが交感するのと同じように、撮影する私と具志堅さんとの間にも固有な時間、固有の結びつきが生まれているように感じられた。作業する具志堅さんの身体とカメラが相互に応答し合って、共に遺骨収集現場の撮影行為を作り上げる。比喩的に言い換えるならば、それは即興のペアダンスをしているような感覚だった。
