第二次世界大戦から80年超が経つ今も、沖縄の地中には数千体もの戦没者の遺骨が眠っている。
映画『骨を掘る男』の監督・奥間勝也氏は、40年以上にわたって手作業で沖縄戦の遺骨を掘り起こし続ける具志堅隆松氏の姿にカメラを向けた。東京・九段下で遺族にDNA鑑定を呼びかける具志堅氏は、「戦争で死んだ兵士は国家に殺されたも同然だ」と語り、「英霊」という言葉に強烈な違和感を抱くという。
具志堅氏とともに、かつて住民たちが逃げ惑い、地獄絵図となった「ガマ」へと足を踏み入れた奥間監督が目にしたものとは。『骨を掘る男』(大和書房)より、凄惨な沖縄戦の記憶と遺骨収集のリアルを抜粋して紹介する。
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最初の撮影
最初に具志堅さんを撮影したのは2019年8月15日。
この日、具志堅さんは東京・九段下の路上にいた。日本が敗戦した“終戦記念日”に千鳥ヶ淵戦没者墓苑や靖国神社に来る戦没者遺族にDNA鑑定のことを知らせるためだ。手には自作したDNA鑑定を呼びかけるチラシ。裏面はDNA鑑定申請の申し込み用紙になっていて、その場で書いたり、持ち帰って書いてFAXできるような仕様になっている。
具志堅さんは遺骨を見つけて対面し続ける中で「戦争で死んだ兵士は国家によって殺されたも同然だ」という思いを強く持っている。それは靖国神社が顕彰する「英霊」のような価値観とは相反するものがあるが、神社を訪れる遺族にもDNA鑑定のことを知ってほしいとの思いでチラシを配っていた。
「戦没者がどのような状況で見つかり、どのように亡くなったか、殺されたのかを知れば、遺族も『英霊』という言い方に対して疑問を持つきっかけになると思いますよ。その機会すらも奪われているのが現状です。だからまずはDNA鑑定を知ってもらって遺骨を返すことから始めないと」
そんな思いを胸に具志堅さんはチラシを手に取る人たちと言葉を交わしていた。その中には兄が沖縄近海の特攻で戦死したと言う男性や、南洋で父が戦死したが石が入った遺骨箱が帰ってきたという女性など、未だに遺骨が戻っていない遺族が多く含まれていた。そしてほとんどの遺族がDNA鑑定のことを知らなかった。チラシを受け取り具志堅さんと話した人たちは総じて感謝の言葉を口にし、DNA鑑定の申請をしてみます、と言って去っていった。
