「いまみたいに、男優の数も多くなかったので、現場に行くと、みんな友だちみたい。なかでも雑誌の人たちとウマが合ったの。ビデオの人は、あわよくば本番させようと、お互い腹の探り合いだったし」
中村京子も前貼りをつけて出演していたが、そのうち前貼りなしで裸になった。
「タモリ倶楽部」で安部譲二から⋯
時代は過激になっていく。その一方で中村京子は、頑に擬似本番を貫いた。
体格もよかったので、女相撲企画にもよく呼ばれ、何度も優勝した。
「タモリ俱楽部の柔道大会で、わたし優勝して、作家の安部譲二から黒帯もらったの。ちょっとルールが違ってて、みんなルーズソックスを履いて組み合って、ルーズソックスを脱がしたら勝ちっていうやつ。わたし、そういうのがんばっちゃうの」
愛嬌があった彼女はスタッフからも愛されて、仕事が途切れなかった。出版業界でも人気が高かった。
評論家の奥出哲雄と付き合っていたころ、当時の『噂の真相』副編集長が部屋に居候していたこともあった。
ゴールデン街で店を出すと、Dカップ京子時代からのファンが客となった。
「でもわたしの昔からのファンは、どんどん減ってます。わたしが、そういう人には意外と冷たいんで。昔のことばっかりいわれたら、普通の話ができなくなっちゃうじゃない。あと、(店に飾ってある絵画をさして)絵を描いてる子とかのお母さんとわたしはほぼ同世代だから、その世代の子はわたしのことなんか知らないわけ。そうなると、みんなで面白い話とか、たまにはちょっと真面目な話したりとかのほうがいいんですよ」
ここで担当編集の勝浦基明が、控え目な口調で打ち明けた。