石井・稲本会談の全容

 2人はそのとき初対面だったが、1時間もかからずに話がついたのである。稲本総裁の口から出た「わかりました」は、重かった。三本菅は、つくづく石井会長の大きさを感じた。

 と同時に、稲本総裁は、山口組と深い関係にある稲川会を無視できなかったのであろう。

 稲本総裁は、皇民党事件当時、すでに山口組の宅見勝と兄弟分だったといわれる。

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 三本菅は、その場で稲川会の石井会長に連絡をとり、石井・稲本会談をセットした。

 稲本は、1987年10月2日の夜、赤坂プリンスホテルのひと部屋を借りきった。大島竜珉も供をした。

 三神が訪れてくる時間まで、まだ40分ほどの猶予があった。

「ちょっと、お茶を飲んでくる」

 稲本が、ソファから腰を上げた。

 大島は、居残った。いつ三神らが部屋に来るかわからないからである。

 ところが、約束の時間となっても、三神は顔を出さない。それどころか、稲本が戻ってこないのである。

 大島は、さすがに気が気ではなかった。

〈おかしいな。これは、探しに行かなくてはならないかな〉

 あとで稲本がいうには、稲本が、一階のロビーラウンジに1人で下りたところに、ちょうど三神が、石井隆匡とともに来ていたという。そこで、部屋で話し合う予定を取りやめて、その場で話したという。

 石井は、稲本にこういった。

「稲本さん、竹下に対する不満があることは承知しています。わたしがかならず、竹下に田中に詫びに行かせます。そのうえで、おさめてください」

 それでも稲本は、難色を示した。

「わたしは、命をかけてやっとるんです。どうしてもやめろというのなら、命を、とってくれ」

 石井の表情が、けわしくなった。石井の押し殺したような声に、すごみが感じられた。

「わたしも、命をかけるほどの恩義を受けた人に頼まれている」

 石井の気迫は、すさまじいものであった。

 石井の覚悟は、岩のように動かぬ稲本をも動かした。

 石井は、稲本にいった。

「稲本さん、あなたの顔は潰しません。今回は、この石井の顔を立てて、おさめてもらえませんか」

 庄司が、あとで石井から聞いたところによれば、稲本は心のなかで男泣きに泣いた。信念を貫きたいいっぽうで、石井の顔を立てなくてはならない。

 葛藤のはざまで、稲本は、「ほめ殺し」を取りやめる条件を出した。

「石井会長の顔を、立てましょう。その代わり、再度いいますが、竹下が裏切った田中さんにきっちりと詫びを入れるのが条件だ。田中さんに総裁立候補のあいさつをすれば、こちらは手を引きます。竹下が田中邸に日参すること、それが条件です」