竹下の田中邸訪問に田中真紀子は…

 大島が腰を上げようとしたとき、稲本が部屋に戻ってきた。

 稲本がいった。

「もう、帰ろう」

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 大島はあわてた。

「しかし、まだ、三神さんたちは来られてませんが」

 稲本は、微笑んだ。

「話し合いは、もう終わったよ」

「終わったのですか?」

 大島は、これまでの緊張感がいきなり膝のあたりから抜けていくかのようであった。

 三神は、石井から稲本の条件を聞くと、さっそく、日ごろから好感を抱く「朝日ジャーナル」の記者に、竹下の訪問を教えた。

「竹下さんが、明日にも田中邸に出向くそうだ。記事になるんじゃないか」

「朝日ジャーナル」の伊藤正孝編集長は、朝日新聞政治部に連絡し、情報を知らせた。

 TBSテレビには、稲本総裁本人から、竹下の田中邸訪問の連絡が入った。

 大島竜珉ら日本皇民党関係者は、いまだ田中派に残っている田中の腹心の二階堂進と山下元利の2人に電話をかけた。

「田中邸の外門を開けて、竹下をなかに入れてやれ」

 しかし、大島にはわかっていた。田中角栄の娘である田中眞紀子が、門を開くことはない。竹下への恨みの深さは、底が知れぬほど深い。そのような恨みを抱く田中眞紀子が、竹下が訪問したからといって門扉を開くわけがない。

マスコミへのリークの真相

 やはり、日本皇民党に、二階堂側から電話があった。

「根まわしをしたが、(田中家側に)受け入れてもらえなかった」

 むしろ、大島らには、そのほうが好都合であった。大島は、何があっても開かない門の前で立ち尽くす竹下の姿を、全国に晒してしまおうと思っていた。だからこそ、マスコミに、10月3日に、竹下登が、目白の田中邸を訪れることをリークしたのであった。

 竹下登が、田中邸を訪れることになっていた10月3日、「北祥産業」社長の庄司宗信は、茨城県新治郡千代田町(現かすみがうら市)上佐谷にある千代田カントリークラブにいた。休憩時間に、ニュースを見た。竹下が、田中邸を訪れるところが報じられると思ったからである。しかし、報道では、竹下のことには触れていなかった。そのうち、庄司に連絡が入った。

「今日は、竹下は、田中邸に行かないそうです」

 竹下は、その朝7時45分ごろ、田中邸に車を走らせた。が、田中邸前では、大勢の報道陣が待ち構えていた。竹下は、引き返した。門前払いされるところを、押しかけたマスコミの前で晒されたくなかった。そのまま引き返した。

写真はイメージ ©AFLO

 稲本ら日本皇民党は、間に入った三神らに詰め寄った。

 「どうなっているんですか! 約束が、ちがうじゃないですか」

 三神は、石井に電話で抗議した。

「会長、冗談じゃないですよ。男と男の約束じゃないですか。約束したことは、実行してもらいたい。稲本総裁は、運動再開も辞さないといってきているんです」