「私の推理」と題した手記まで新聞に掲載

 拘束から解かれた山口は積極的に捜査に協力した。全国指名手配となった太田のモンタージュ写真作成には「世話になった旦那さん一家の悔いを晴らすためには」と寝る間も惜しんで情報を提供。

 2月28日の新聞に掲載された写真から目撃情報が集まり、該当の女性が事情聴取される際には嫌な顔一つせず警察に出向き、太田本人であるか否かを証言した。

 さらには新聞記者の取材にも快く応じ太田に関する情報を提供。やがて新聞各社は特ダネ欲しさに山口を取り合うようになり、中には「私の推理」と題した山口の手記を載せる新聞まで現れる。

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写真はイメージ ©getty

 そこで、山口は〈“男”が私に極力顔を見せまいとする態度から推して、一度や二度は八宝亭に来たことのあるものではないか〉〈“男”が女に比べて都会風の服装をしている点から見て、ヤボったい田舎女を凶行の手先に使い、今は女と別れ別れになって逃げているのではないかと思う〉などと見立てを述べた。まさに「時の人」である。

 が、この後、事件は予想外の方向に展開していく。