築地の中華料理店で店主一家4人が鉈で惨殺された「八宝亭事件」。現場はまるで血の海だった。
当初、警察は第一発見者の従業員・山口を疑うが、彼が証言した謎の新入り女性が浮上し容疑は晴れる。釈放後、メディアの寵児となった山口だったが、逃亡先で逮捕された女性の口から驚愕の真実が語られる――。
1951年(昭和26年)、日本を震撼させた凶悪事件の結末を鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』よりお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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最初に疑われたのは⋯
「第一発見者を疑え」は殺人捜査の基本。警察は山口を容疑者の候補とみなし、彼が証言した太田成子という女性が実在するのかを調査した。すると、店の常連である近所の住民が、山口の話した外見に似た女性が確かに事件前日から働いていたと証言。
さらに、事件当日の22日午前9時過ぎ、現場から盗まれた預金通帳を持った若い女性が築地の永楽信用金庫(後の、わかば信用金庫。2000年に経営破綻)に現れたものの、届け出の印鑑が違っていたため金を下ろせずに帰ったとの情報が入る。そして、この女性もまた太田成子の外見とそっくりだった。
こうした事実から警察は、太田と、彼女を訪ねてきたという親戚の男性が犯行に及んだものと確信する。
こうして山口への疑いは晴れ、事件から2日後の2月24日に自由の身となる。素性調査の結果、山口が茨城の中流農家出身で、地元の知り合いに金を貸すなど金銭的に困窮していたとは思えない状況や、八宝亭で働き始めたのも生活資金のためではなく、将来独立し中華料理店を開くための修行だったことも警察が彼をシロと考えた理由だった。
実際、山口は実家から仕送りがあるため給与はいらないと店主に申し出ていた。
