時代を動かした小さな農漁村

 こうして久里浜に上陸したペリー御一行は、フィルモア大統領の親書を幕府側に手渡した。これをきっかけにして、時代は一気に動き出す。

 幕末の動乱、そして幕府の崩壊と明治への時代の移り変わりはよくご存知の通りだ。そのすべてが、久里浜からはじまったのである。

 

 ただ、その後の久里浜は再び静かな農漁村に戻る。横須賀が軍港都市として整備され、1889年には横須賀線が開業した。ただ、このときも線路は横須賀止まりで、久里浜には達していない。岬の向こうは軍港都市でも、久里浜はまだまだ小さな村だったのだ。

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 それが再び脚光を浴びるのは、昭和に入ってからだ。1937年に久里浜村が横須賀市に合併され、その後太平洋戦争中にかけて海軍軍需部の被服や爆薬の倉庫など、多くの軍事施設が設けられたのである。

 
 

 小さな村の急速な変貌を受けて、1942年には現在の京急線が延びてきて京急久里浜駅が開業。さらに1944年には横須賀線も延伸、久里浜駅が終着駅となった。

 横須賀線はさらに海沿いの港まで線路を延ばし、軍事物資の輸送を行っていたという。その廃線跡は、大部分が道路に転用されている。

 
 

 戦争が終わると、久里浜の軍事施設はアメリカ軍に接収され、1970年代になってようやく返還。跡地が整備され、工場や「花の国」などに生まれ変わったというわけだ。

 京急久里浜線が久里浜駅からさらに延伸したのはそれより少し前の1963年のこと。つまり、戦中から戦後にかけてのひとときで、農漁村の久里浜は急速に都市として生まれ変わったのである。