瀬戸大橋が完成したのは、1988年4月のことだ。その後、本州と四国の間には2本の橋も架かって、いまや本州と四国の間を行き来するのにどこかの橋を使うのはすっかり当たり前になった。

 特に“最初の橋”である瀬戸大橋なんぞ、もう開通してから40年近くが経っている。道路と鉄道が上下に並んで走っているという一人二役の橋で、瀬戸大橋線の「マリンライナー」という快速が岡山と高松を結ぶ。その存在は、すっかり人々の間に根付いているといっていい。

岡山から36年前に消えた「下津井鉄道」の痕跡をたどる 撮影=鼠入昌史

 何しろもう40年。瀬戸大橋がまだなくて、本州と四国の間を船で渡っていた時代を知っている人のほうがむしろ少数派になってきているのかもしれない。

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 そして、華々しく瀬戸大橋が開通するその陰で、ひっそりと地図から消えたローカル線。その存在を、誰が覚えているのだろうか――。

 

36年前に消えた「下津井鉄道」の廃線跡

 と、そういうわけでやってきたのは岡山県は倉敷市、瀬戸大橋の付け根の町。ジーンズの町として知られる児島を訪れた。

今回の路線図。瀬戸大橋の付け根のまちに、小さなローカル線が走っていた。

 消えたローカル線とは、下津井電鉄線。1914年に開通して茶屋町~下津井間を結んでいた。

 1972年には茶屋町~児島間が廃止になり、その後は児島~下津井間の6.3km。ちょうど瀬戸大橋の架かる児島半島の海岸線をのんびり走っていたローカル線だ。

 今回は、その下津井電鉄線の廃線跡を辿ってみようと思う。

 

 スタート地点は、児島駅。同じ名の駅がJR瀬戸大橋線にもあるが、下津井電鉄線のそれとは違う場所にある。