イボ痔治療の棒
ハワイでいうと、もう一つ忘れられない思い出がある。
あれは私が25歳のとき。イボ痔になってしまった。
ものすごい痛みに襲われて座ることも歩くこともできない。ほうほうの体でパパもお世話になっていた赤坂にある前田外科病院にたどり着き、緊急手術を受けた。
運悪く、その月には家族でハワイ旅行に行く予定があったが、とても行くのは無理……。
「パパとママだけで行ってきて」
「いや、それは困る」
「困るもなにも、私、無理だから。これじゃあ、水着にもなれないし、ハワイどころじゃないよ」
それでもパパは聞く耳を持たない。
ここに書くのも恥ずかしいけど、私は術後も病院に通い、手術した傷口が癒着しないようにステンレス製の棒を肛門に突っ込む治療を受けていた。
先生が言うには「将来、お産のときに大変だから、今ちゃんと処置しておいた方がいい」ということらしい。これが本当にキツかった。棒の先端が細くなっていて、突っ込むと猛烈に痛いのだ。
なんとパパはその治療にも付いてきた。そしてその場で直談判したのだ。
「先生、どうしてもアンナをハワイに連れていきたいから、棒の入れ方を教えてくれ!」
ハワイに棒を持っていくだけでなく、旅行の合間にパパが私の肛門に突っ込むというのだ。ありえない! 私も25歳の立派な大人だ。そんな恥ずかしいことできるか!
思わず叫んだ。
「何言ってるの⁉ 冗談じゃない!」
「先生、どうやってやればいいんですか!」
パパは譲らない。
そうまでして一緒に行きたいのか。
だいたい空港の手荷物検査で問いただされでもしたら、どうするのか。恥ずかしくてしょうがない。
絶対に嫌だった。あまりに嫌すぎたのか、驚くべきことに、私は自力で術後の傷口を治してしまったのだ。先生もさぞビックリしただろう。そして、家族のハワイ旅行にも間に合ってしまった。
あのときのパパの嬉しそうな顔は忘れられない。旅行中、痔の患者さんがよく使う、真ん中に穴の開いたドーナツ型クッションまで買ってくれた。
“梅宮辰夫ワールド”全開の話だけど、あのとき、パパのハワイ好きの一面を思い知るのと同時に、なぜか私に対する深い愛情も感じた。
写真=平松市聖/文藝春秋
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梅宮さんの著書『フルコース』では、「勃たないのは、嫌なんだ」と語った梅宮辰夫さんの最期の様子や、ずっと一緒に生活してきた母・クラウディアさんへの本音、娘へのネグレクト報道の裏側など、赤裸々に書かれています。
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