忘れられないのが、桃井さんがメイク室で私と遊んでくれたこと。

「口紅ってこうやって塗るのよ」

 桃井さんは自分で口紅を塗って、それをティッシュに付ける。キスマークのできあがりだ。「ほら」と、それを私に見せてくれる。

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「わあ、きれい」

 今考えると、すごい体験だ。

 パパが私を撮影現場に連れて行ってくれたのも、芸能人としての社会科見学みたいなものだったのかもしれない。

松濤の豪邸から参宮橋のアパートに“都落ち”

 パパは免疫療法や宗教には警戒心があったのに、お金にかんしては騙されやすい性格だった。

 これも私が幼稚園児だったころだけど、パパはものすごい大金を騙し取られている。

 何があったのか詳しくはよくわからないけど、住む家を変えなくちゃいけないほどの被害を受けたことはたしかだ。

 それまでは松濤の豪邸に住んでいた。広い庭のある平屋だった。

 その後、高級マンションに引っ越す予定だったけど、お金を騙し取られたことで、その話も立ち消え。なんとか次の住まいを見つけて引っ越した先は、参宮橋の3階建てアパート。とにかく古くて狭かった。玄関を開けて入ったら廊下はなくて即リビング。上り下りする際に「カン、カン、カン」と音が鳴る螺旋階段があったことも忘れられない。

「梅宮家の氷河期時代」

 あのころのことを私はそう呼んでいる。

 

 私の生活もガラリと変わった。

 それまで通っていたのは「若葉会幼稚園」。三井グループが設立した幼稚園で、クラスメイトには、あの美智子さまの実家・正田家の親族がいた。とにかく裕福な家の子ばかりが通う幼稚園で、私もその一員だったわけだ。

 松濤の家では、私の誕生日になると広い庭に月組さんだの、星組さんだの、とにかく園児全員を招いて、バーベキューやパーティーをしたものだった。

 でも、急に参宮橋のアパートに“都落ち”。

 当時小学生だった私は、幼心に「この家には友だち呼べないな」と感じたりもして、みじめだった。