今では住民の遊歩道として定着

 ふたつ目のトンネルを抜けても、周辺の様子は変わらない。市街地の中を南に進み、右にカーブ。かつて列車が走っていた跡の遊歩道沿いには、住宅やアパート、商店などが並んでいる。

 

 といっても、ほとんどの家や商店が正面を向けているのは遊歩道ではなく反対の道路側。その昔は列車が走っていたのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 それでも、ところどころに遊歩道側に入口を設けた建物もある。

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 廃止されてから50年以上となれば、その間に新しくできた建物も多いはず。ならば遊歩道にも直接出入りできたら便利じゃないか、ということなのだろうか。

 少なくとも、現在の廃線跡の遊歩道、すっかり市街地の中の歩行者・自転車専用道路として定着しているようだ。

 その証拠に、歩く途中では地元の人と何度も行き交った。宇野駅方面を目指すのか、それともメルカあたりに買物にでかけるのか。夕方になれば、学校帰りの高校生が自転車で駆けてゆくに違いない。

 

 そうして市街地の中を抜け、みっつ目のトンネルを抜けると、目の前に巨大なクレーンが見えてくる。白砂川という、海の近くの小さな川を渡り、クレーンのある工場沿いをゆく。

 

 この工場は、三井E&S玉野事業場や三菱重工マリタイムシステムズ、つまりかつての三井造船である。

 鉄道という視点に立てば、宇野、そして玉野という都市はかつての宇高連絡船の町。しかし、この町は連絡船だけではない。