かつての賑わいを彷彿とさせる痕跡
かつて、造船所で働く人が乗り降りしたであろう玉の駅。駅の痕跡などすっかりなくなっているが、いまも近くには電車の後継ともいえるバス乗り場がある。このあたりは玉地区の中心部、造船所で働く人たちのための繁華街だ。
いまも、玉駅のすぐそばにあったアーケード商店街が残っている。古めかしくさび付いた屋根や、居並ぶ店舗の前に掲げられた看板もそのままに。もちろん、いまでも営業を続けている店も少なくないようだ。
ちなみに、いまでは全国に店舗を構える紳士服チェーンのはるやま。そのはじまりは、玉のアーケードの中の洋品店だ。
造船の町としての賑わい、そして繊維産業が栄えた岡山県という地域事情が、小さな洋品店を全国チェーンにまで成長させたのだろうか。
車両がひっそりと展示されていた
アーケードの脇を抜け、白砂川沿いをもう少しだけ先に進む。ここまで来ると遊歩道は消えていて、川と道路に挟まれた駐車場ゾーンが廃線跡なのだろう。
玉比咩神社という立派な神社の前を通り、しばらくすると終点の玉遊園地前駅の跡に着く。
が、ここももちろん痕跡は残っていない。遊園地といってもそこにあるのはありふれた児童公園だ。
なんでも、この地方では児童公園のことを“遊園地”と称することが多いのだとか。終点近くにいまもある、小さな公園が半世紀前の玉野市電のわずかな名残、ということなのだろうか。
そんな終点からさらに先へと5分ほど。「すこやかセンター」という市の施設の端っこに、玉野市電で活躍したという車両が展示されている。
撮影=鼠入昌史
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