4/8ページ目
この記事を1ページ目から読む
共感という名の毒
私は、「運命の出会い」と信じた。老境の寂しさの中で、過去を褒めたたえ、私の言葉に共感してくれる相手だと。
しかし、それがすべて計算された演出だったと知るのは、925万円を失った後だった。
時間をかけて相手を手なずけ、信頼させる手口――「グルーミング」。
「私も同じことに興味があります」「先生のような方を尊敬します」
そうやって、「この人は特別だ」と錯覚させる。
次に「秘密の共有」で心理的な距離を縮め、こちらの弱みを引き出す。
完璧すぎる共感は、詐欺師の狡猾な罠だ。なぜ私たちは落ちるのか。答えは心の中にある。誰かに認められたい。必要とされたいからだ。
あまりにも都合よく、運命的だと感じられる出会いほど危険だ。本物の信頼は時間をかけて育つ。種をまいた翌日に、きれいな花が咲くことはない。偶発的な出会いは、心を奪う罠だった。私のように、すべてを失った後に気づくのだ。
追い込み
Facebookという公開された広場から、Lineという二人きりの密室へ移動した。
やり取りの場所が変わったとき、私は気づくべきだったのだ。獲物を追い込むための、決まりきった手順だったということに。
