共感という名の毒

 私は、「運命の出会い」と信じた。老境の寂しさの中で、過去を褒めたたえ、私の言葉に共感してくれる相手だと。

 しかし、それがすべて計算された演出だったと知るのは、925万円を失った後だった。

 時間をかけて相手を手なずけ、信頼させる手口――「グルーミング」。

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「私も同じことに興味があります」「先生のような方を尊敬します」

 そうやって、「この人は特別だ」と錯覚させる。

 次に「秘密の共有」で心理的な距離を縮め、こちらの弱みを引き出す。

 完璧すぎる共感は、詐欺師の狡猾な罠だ。なぜ私たちは落ちるのか。答えは心の中にある。誰かに認められたい。必要とされたいからだ。

 あまりにも都合よく、運命的だと感じられる出会いほど危険だ。本物の信頼は時間をかけて育つ。種をまいた翌日に、きれいな花が咲くことはない。偶発的な出会いは、心を奪う罠だった。私のように、すべてを失った後に気づくのだ。

追い込み

 Facebookという公開された広場から、Lineという二人きりの密室へ移動した。

写真はイメージ ©getty

 やり取りの場所が変わったとき、私は気づくべきだったのだ。獲物を追い込むための、決まりきった手順だったということに。