「愛子は以前に感情に傷つけられたことがあるので、愛子にふさわしい人を見つけることはとても大切だと思います」
「過去の傷」。この言葉が、やがて私の理性を完全に麻痺させるとは予想もしなかった。
作り物の悲劇に溺れて
彼女は私を「兄さん」と呼び、主導権を握った。私は「告白」という三文芝居に全幕出演してしまった。
「愛子はまず自分の感情的な経験を話しましょう。兄さんは聞きたいですか?」
聞きたいに決まっている。彼女のすべてを知り、受け止め、癒やしてやりたい。私は本気でそう願っていた。
彼女が語ったのは、結婚を誓った恋人に裏切られたという悲劇だ。出張から早く帰り、恋人を驚かせようとしたら、寝室には見知らぬ女のハイヒール。信じていた男が、他の女と抱き合っていた。
「その時、私の頭の中は真っ白となり、どうすればいいかわからず、床にしゃがんで泣きながら、なぜこんなことをするのかと怒鳴りました」
テレビドラマのワンシーンのようだ。だが、当時の私は疑うことすらできなかった。
このか弱い女性を自分が守らねばならない。そんな独りよがりの使命感に燃え上がっていた。
私は、こう返した。
「よくぞ、つらい思い出を教えてくださいました。愛子さんが、つらい体験を乗り越えられたことは、これから、私と一緒に最高で最善の人生を過ごされるためでしょう。一刻も早く、お会いしたいです」
完全に、私は操り人形となった。彼女が演じる悲劇のヒロインを信じ込み、救済者の役を気取っていた。