「深い教養を持つ、魂の伴侶だ」と信じてしまったがために⋯

 翌朝、彼女はヘミングウェイの言葉を引用した。

「生活はいつも私たちの全身を傷つけます。その後、それらの傷が私たちの最も強い場所になるに違いありません」

 私は感心した。悲劇を知性で乗り越える彼女に、尊敬の念すら抱いた。

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 さらに、太宰治の『人間失格』を読んだと語り、私の矮小なプライドをくすぐった。

 このやり取りが、心の最後の鍵をこじ開けた。彼女はただのか弱い女性ではない。深い教養を持つ、魂の伴侶だ。そう信じ込んでしまったのだ。

 この流れの中なら、どんな難題も自然に本題を切り出せる。

「伯父から投資の指導を受けている」

 なんの抵抗もなく、私の心に染み込む一言だった。彼女が言うなら間違いない。彼女と共に歩む未来のためなら、どんなことでもする。私は、もう完全に自分を失っていた。

 69年間積み上げてきた知識も、経験も、理性も、すべては無意味だった。退職後の孤独と年甲斐もない下心――この二つが、私を簡単に餌食にした。こうして、私は自らの足で、蜘蛛の巣の中心へと歩いていったのだ。

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