だが、その時の私は、むしろそれを「特別な関係」へのステップだと喜んですらいた。愚かにもほどがある。

 それが始まったのは、5月12日の日曜日、母の日だった。

 その一日は悪夢の入り口になった。私の人生が根底から覆されたからだ。

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 これから書くのは、私が破滅へ転がり落ちていく最初の記録だ。愛子と名乗る女とのLineのやり取りを、あえてそのまま晒す。稚拙な日本語、そしてそれに浮かれる惨めな姿が、私という人間の愚かさを証明している。

 これは、私自身への断罪の記録だ。

お守りという名の鎖

 その朝、彼女からのメッセージで私の一日は始まった。

「おはようございます😊😊愛子は今朝食を食べるつもりだ😋

 その後、お寺に行く予定です。お寺は愛子が住んでいるところから車で2時間ぐらいかかります🚗着いたら髙倉さんと写真を共有しましょ📸」

 私は継母に母の日の花を届けた後、どこか満ち足りた気分でいた。だから、こんな返信をした。

「もう到着されたのですか❗早かったですね。たった今、鹿児島在住の継母から、母の日に送ったお花のお礼の電話がありました」

 私の返信を見た彼女は、すぐに食いついた。

 私の「孝行」という一面を利用して、自分の物語へと引きずり込むために。

「髙倉さんはとても親孝行な人ですよ。残念ながら、愛子のお母さんはもう亡くなりました😭😭」

 母親を亡くした悲しみ。その一言が、私の心の隙間に入り込んだ。