今度はジャンプしつつスマッシュの練習をしている。

 君島さんはハイテンションのまま、病棟中の患者に片っ端から話しかける。ほかの患者からも「あの人どうにかして」と看護師にクレームが入っていた。本人にとっても躁状態は早く落ち着かせたほうがいい。躁状態が長く続けば続くほど、その後にやってくるうつの波は大きくなるからだ。

 君島さんにはしばらく個室に入ってもらい、施錠して外部からの刺激を遮断した環境ですごしてもらうことになった。

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 気分安定薬を追加して2週間が経過した。

「だいぶ気分は落ち着いてきました。こんなに眠れているのは初めてかもしれません。先生と話しているときとご飯のとき以外、ずっと寝てます」

 テニスのサーブや一人カラオケをしていた彼女はそこにはおらず、燃え盛っていた躁の炎が徐々に鎮火しているようだった。部屋は開錠され、君島さんはほとんどの時間を自室で寝てすごした。危惧していたうつの大波が打ち寄せつつあった。

うつの大波

 さらに1週間がすぎた。

「先生⋯⋯死にたくなります。私ってみんなに迷惑をかけているだけだなって。大谷クンにくらべたら、私ってカスじゃないですか⋯⋯」

 意味のない比較で落ち込む。入院時とは打って変わり、彼女の表情は暗く、過剰に悲観的になり、自己否定と希死念慮が生じるようになった。君島さんはうつの大波に吞み込まれようとしていた。

 双極性障害では、躁状態で気分がめちゃくちゃ上がっていると思ったら、急降下する。感情の波はジェットコースターだ。しかも双極性障害のうつ状態は、うつ病とくらべ、治りにくさでははるかに手強い。

 患者によっては、何年も落ち込んだ状態が続き、薬も効きにくく、自殺率はうつ病より高い。君島さんには薬剤の調整をしながらじっくりとつき合う覚悟を決めた。

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