精神科病棟での患者同士の恋愛は、時に治療の成果を崩壊させる諸刃の剣だ。ある日、伊藤英明似のイケメンとモデル級の美貌を持つ30代女性の患者が、大勢の人が集まる病棟ホールで人目を憚らず激しいキスを始めた。
美男美女の唐突なアバンチュールに医療スタッフは大慌て。精神科医が直面した男女トラブルの顛末とは⋯⋯。新刊『精神科医おどおど日記——閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。なお、プライバシー保護のため登場人物の名前は仮名、一部のエピソードに脚色を加えている。(全2回の1回目/続きを読む)
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「結婚することになりました」
統合失調症を患い、三王子病院に通院中の久米美由紀さん、診察室に入ってくるときから浮き立った顔つきだ。
「今日はちょっと報告があるんですよぉ」
「どうしましたか?」
「じつは⋯⋯今つき合っている落合さんと、結婚することになりました」
久米さんっていくつだったっけ? 手元のカルテに目を落とす。病歴は10年で今年41歳。不安がよぎる。
「落合さんはたしか同じ作業所に通われていたんでしたっけ?」
「ええ、交際して、もう半年になります。彼はB病院に通っているんですけど、病気は安定しているみたいで、先日プロポーズされちゃって」
照れくさそうにゆっくりと左手をあげる。でも、指先を下に向けているから、片手の幽霊みたいだ。その薬指に前回の外来ではつけていなかった指輪が光る。
「教会で結婚式もあげよう、って言ってくれて」
そういって両手で顔を覆う。女子高生みたいで初々しい。
「私ももう40超えているのでラストチャンスかなって思いまして。さすがに子どもは無理かもしれませんけど」
親の片方が統合失調症だと、子どもに遺伝する確率は約10%とされる。両親とも同疾患であれば、その確率は約30~40%まで上がる。もちろん「精神科の患者は妊娠・出産するな」などと言うつもりは毛頭ないし、健康な子を産んでほしい。
それでも精神科医としては心の隅に小さな棘が引っかかる。
