「背も高く肉付きも程よく…」「どこから見ても美人」
近づいてよく見ると、顔にうつすらと雀斑が見えるのと、一體が少し巌(頑)丈に出来てゐて、柔か味と圓(円)味に乏しいやうな感じのするのが、欠點(点)といへば欠點であつたけれど、背は高く、肉附も程よく、血色もよく、殊に眼が大きく活々と輝き、顔の輪郭や鼻の形などは希臘(ギリシャ)型で、何處(どこ)から見ても先づ言い分のない美人と云(言)つてよかつた。身の扮装(つくり)もキチンと調つて、華美に流れず、地味に失せず、其好みは誰にでも好い感じを與(与)へるに十分であつた。起居動作も日本の女としてはハキハキした方で、書いたものなどには溌剌とした才気が溢れていた。
可なりの素養もあり、才気もあるのに、前に云つたやうな容貌と服装だから、波多野さんを見た人は誰でも「素敵な美人だ」「なかなか美(い)い女だ」といはぬものはなかつたやうである。殊に波多野さんは遠見の引つ立つ人で、一緒にカフエー(明治末期から昭和初期にかけて流行した飲食店・風俗営業店)などに入ると、五つ六つ隔てたテーブルのあたりから「シャン(美人)だなあ」などと云ふ、酔つぱらつた學(学)生の聲(声)がよく聞こえたものだ。街上(通り)を歩いてゐる波多野さんと擦れ違つて振り返らぬ男も女も殆(ほと)んど無かつたやうである。芝居や角力(すもう)に一緒に行つても、随分遠方の方から双眼鏡を差し向けてゐるのを見かけた。
彼女より少し遅れて「中央公論」編集部に入った木佐木勝は『木佐木日記第1巻』(1976年)で初対面の印象を「まれに見る美貌の持主だが、どこか冷たい感じを受けた。(麻田駒之助)社長はじめ樗陰氏、嶋中(雄作)氏(「婦人公論」主幹)など社内の人々の彼女に対する態度を見ても、明らかに特別な好意を示しているように見えるし、彼女自身もそれを意識して同僚に対して優越感を持っているようだ」と記した。
半沢成二も『大正の雑誌記者』(1986年)で書いている。
「私と二人でいるときはひどくやさしく、同僚の陰口をしきりにたたいたが、他の社員が間に立つと、私のへまや無礼さを面白おかしく吹聴するのである。『この狐め!』私は憤激したが、二人になるとまんまとまるめられてしまうのである」


