だから彼は、できるだけ触れないようにした。少し距離を保ちながら、生徒の横を歩いた。
「大丈夫か。保健室までもう少しだからな」
体育館から保健室へ向かうには、階段を下りなければならない。
その途中で、生徒の足元がふらついた。
一瞬だった。
B先生は反射的に手を伸ばし、生徒の肩をつかんだ。
転倒を防ぐためだった。もし支えなければ、そのまま階段から落ちていたかもしれない。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
とっさに声も大きくなった。
だが、それは叱責ではなく、転落寸前の相手を支えるときの、人間として自然な反応だったはずだ。
生徒は転ばずに済んだ。
B先生はそのまま保健室まで付き添い、引き継ぎも済ませた。
彼は、それでこの件は終わったと思っていた。
だが終わらなかった。その日のうちに、保護者から学校へ強い抗議が入ったのである。
「男の先生が娘の体に触れた」
「大きな声で怒鳴られた」
「体調が悪い子に対する配慮がまるでない」
その面談を、教頭である私が受けることになった。
保護者からの不満
翌日、応接室に現れた母親は、最初から怒っていた。椅子に座るなり、挨拶もそこそこに言った。
「先生方は、娘がどれほど傷ついたか、分かっていらっしゃるんでしょうか」
私は深く一礼し、慎重に言葉を選んだ。
「このたびは、お嬢さんの体調不良時の対応でご心配をおかけし、申し訳ありません。
まず事実関係をご説明いたします」
「それで?」
視線が鋭かった。
説明を求めているというより、学校がどう非を認めるかを見定めている目だった。
「担当したB先生から詳しく聞いております。お嬢さんを保健室へお連れする際、当初は不用意に接触しないよう配慮し、距離を保ちながら付き添っていました。ただ、階段でお嬢さんがふらつかれたため、転倒を防ぐためにとっさに肩を支えたとのことです」
「でも、触ったんですよね」
母親は間髪を容れずに言った。
「はい。ですが、転落を防ぐための対応で―― 」
「男性の先生が女子生徒に触れるなんて、あってはならないことです」
