約10年ぶりに味わう「純粋な歓び」

浜松のヤマハ本社に山口さんが初めて対面での打ち合わせに赴くと、早くもプロトタイプが用意されていた。マイクに向かって「ドン」と言うと、無人のバスドラムが音を鳴らした。ところが実際に演奏してみると、課題が浮上した。他の演奏音をマイクが拾ってしまい、バスドラムが始終鳴り響いてしまう。

開発チームはすぐ2号機制作に取り掛かり、マイクで収音した音声の周波数特性をリアルタイム解析して「ドン」という声を識別するよう改良した。さらには、演奏者の喉にセンサーを装着して、喉の物理的な動きをセンシングする識別システムも導入した。これにより他の楽器音でバスドラムが誤作動することはなくなり、声による正確な演奏が可能になった。

改良はさらに続いた。3号機では、スピーカーの指向性を演奏者側に向け、演者の体感を重視する仕様とした。また、バスドラムが鳴る瞬間と同期して、椅子の座面が強烈に振動するしくみを導入した。タイミング知覚と演奏感覚を高めるための工夫だ。

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3号機を演奏するに至って山口さんは、かつての感触が完全に甦ってきたのを感じた。ドラムを叩く純粋な歓びを、久しぶりに味わうことができたのである。

ツアータイトルに込めた思い

2024年12月21日のこと。東京・渋谷「Yamaha Sound Crossing Shibuya」で開かれたイベント『Future Tech Week』のステージに、山口智史さんの姿はあった。無期限活動休止から約10年を経て、再びドラマーとして人前で演奏を披露することとなったのだ。

会場には家族や友人のほか、旧知の音楽関係者も招待されていた。山口さんはVXDを組み込んだドラムセットの前に座り、マイクへ向け「ドン、ドン」と声を発してバスドラムを打ち、RADWIMPSの曲《25コ目の染色体》を演奏した。技術デモンストレーションではない、まぎれもない純粋な音楽表現が繰り広げられていた。客席から万雷の拍手が沸き起こった。