一方で、結婚をきっかけに料理のモチベーションが上がったのもまた事実だった。自分のためだけに作るのもいいけれど、自分の作った料理で大切な人に喜んでもらえるのは、やっぱりすごくうれしい。食べてくれる相手がいると思うと、一人なら適当に済ませてしまうシーンでも踏ん張れることがある。けれど、その純粋な気持ちは、いつの間にか「毎日ちゃんとしたごはんを作らなければ」というプレッシャーにすり替わっていた。

 やる気はある。せめてこのくらいは作りたいという理想の食卓のイメージも頭に浮かんでいる。それなのに疲れが先に立ってしまい、心に身体が追い付かず、何を作ればいいのかがわからなくなっていく。その変化をうまく受け止められず、「みんなが当たり前にできるはずのこんなことすら、どうして私はまともにできないのだろう」と、自分を責め続けていた。

「しなくていい」を決めたら「したいこと」が浮き彫りになった

 このままではいけないと感じた私は、「これ以上はしなくていい」というルールを自分の中に設けることにした。家庭料理はあくまでも生活の中のほんの一部だ。物理的に不可能なことは、最初からやろうとしなくていい。する必要もない。そう潔く開き直ると、滞っていた「生活の料理」は、面白いほどスムーズに回り始めた。

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 たとえば、一番負担が大きい夜ごはんは、最大でも一汁二菜までと決めた。これより減ることはあっても、増やすことはまずない。夫の帰宅に合わせてお米を炊き始め、その間に深めのフライパンでメインのテキトー調理に取りかかる。だいたい酒蒸しか、何かを弱火でじっくり焼くかの二択だ。火にかけておく間に、旬野菜の簡単な和え物と、残り物や乾物を放り込んだ汁物を作ったらそれでおしまい。ほとんど毎日、これだけで十分。

 これで必要な栄養素はまかなえるし、しっかりとお米を食べれば、お腹も十分満たされる。20~30分ほどの調理内容だから、疲れていても苦痛に感じることなく、料理と向き合うことができる。「しなくていい」というルールを設けるようになってから、時間的にも精神的にもかなりの余裕が生まれた。この余裕のおかげで、私はかつて大好きだった野菜の焼ける音に耳を傾けられるような、穏やかな気持ちを取り戻すことができた。