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通りの向こうには、大洗シーサイドステーションという大型商業施設、そして天を衝く大洗マリンタワー。そのさらに奥は、もう港である。
マリンタワーの脇を抜けて港に向かって進むと、たくさんのコンテナが並ぶ貨物エリアに出る。その脇には大洗のフェリーターミナルが見えた。停泊中の大きな船は、商船三井さんふらわあだろうか。大洗港から北海道・苫小牧港まで、人はもちろん物資の輸送にも活躍している内国航路の大動脈である。
ああ、このまま北海道に行きたい…
この町は古くからの港町で漁業が盛んだった。出入りする漁船も多く、さらには水揚げされたイワシを加工した干鰯は舟運を用いて内陸部にも輸送される特産品。だから大洗の町もたいそう栄え、いまではアクアワールドがある那珂川河口近くの祝町には、水戸藩公認の遊郭ができたほどだった。
しかし、明治に入って船が大型化すると、遠浅の大洗の海は時代の波に乗り遅れてしまう。明治時代にも近代築港事業に取り組んでいるが、そのときには砂の堆積によって断念を余儀なくされている。
それがついに実現したのが、戦後になってからだ。昭和30年代から築港事業がスタートし、昭和50年代にかけて現在の大洗港が完成した。以来、フェリーターミナルという関東地方の物流拠点のひとつとして存在感を高めたのだ。



