秋田 『人類の午後』に寄せられている《戦争と戦争の間の朧かな》は、まさに「今」を表している句のように思えます。でも季何さんがこの句を作ったのは2009年頃だったんですね。
堀田 それには私の特殊な生い立ちが関係しているんです。私の母方の親戚のほとんどは、広島の原爆で亡くなりました。また、私は小・中・高とインターナショナルスクールに通い、大学はアメリカに留学していたため友人が本当に多国籍。イスラエルの子もいれば、レバノンの子もいて。ユーゴスラビアがなくなり、急に友達の一人がセルビア人、もう一人がマケドニア人になったこともあります。なので常に戦争を身近に感じていたところがあるんです。
私の句も含めて、日本では戦争を題材にした句は、叩かれたり、逆に評価されたりと紆余曲折を辿ってきているのですが、実は海外では、一貫して古くから戦争が詠まれ、それは今日まで続いています。
人気が低いからといってダメとは限らない
秋田 そうなんですか。
堀田 日本の俳句がヨーロッパに広まったのは、ジャポニズムとほぼ同時期でした。
海外でもっとも古く戦争を題材にした俳句を詠んだのはフランスのジュリアン・ヴォカンスという詩人です。彼は第一次世界大戦に従軍し、戦争の俳句を百句作り、「戦争百景」と銘打ちました。
秋田 葛飾北斎の「富嶽百景」からとって?
堀田 そうなんです。最近ではウクライナのウラジスラバ・シモノバ(1999―)などの戦争俳句が注目されています。
今や世界の俳句人口は、日本の俳句人口を抜く勢いで伸びているんですよ。ヨーロッパのみならず、中国やネパール、シリア、イラクなどアジア勢も多い。しかも題材が戦争や移民、人種、宗教、恋愛などと幅広いんです。
秋田 美術の世界では、時代の移り変わりのなかで、ある芸術作品が社会にどう受け入れられ、どう評価されてきたのか、その歴史的変遷を「受容史」と呼んで研究がされています。
季何さんの話を聞いて、改めて、芸術作品は時代や社会の影響を受けざるを得ないということを実感しました。人気作が必ずしも、専門家から見てその画家のもっとも完成度の高い作品とは限らないし、逆に、人気が低いからといってダメとは限らない。この基本は改めて肝に銘じておかないと、と思いますね。
ところで絵画にしても俳句にしても、「よくわからないから」と言って避けてしまう人がいますが、それはもったいないと思いませんか? そういう私も俳句には詳しくないのですが……。



