3日間に及ぶ過酷な「雑務テスト」を乗り越え、驚異の射撃精度で数百人に1人という「狙撃手」の座を射止めた日本人兵士・金子大作氏。
さまざまな思惑を抱えた外国人義勇兵が行き交う基地で、金子氏は優しくシャイなイタリア系兵士・ニカと出会い、かけがえのない親友となった。
しかし、戦況が変化するなか、突如届いたのは「親友の戦死の報せ」だった……。
金子氏がロシアの特殊部隊で経験した独自の記録を、新刊『ロシア軍の日本人兵士 最強の特殊部隊「アフマット」で見た地獄』(講談社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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狙撃兵としての準備
「また、いつでも遊びに来いよ」
そんな言葉を交わしていると、初めて見る顔の3人の男が部屋に訪ねてきた。
「サムライ、早く僕たちの部屋においでよ」
狙撃兵の3人だった。
「荷物はこれだけかい?」
そう言うと、彼らは手分けして荷物を基地2階にある部屋まで運んでくれた。
狙撃兵の部屋では個々人にスペースが与えられ、そこに各々が銃火器を置いていた。一人が部屋の一角を指さしながら、こう言った。
「このAKとSVDは、今日からサムライが使ってくれて構わない。使い方は後から教えるよ」
僕が支給された銃器は、新品のAK‐74とドラグノフ狙撃銃(通称・SVD)だった。ベッドを含めて自分のスペースも指定され、基地内のアジトがようやく整った。
ピャトナシュカ旅団の狙撃兵は僕を含めて2人だけ。基地にはピャトナシュカ旅団のほかに2つの師団が駐在していたが、全体でも狙撃兵はたった5人しかいなかった。残り3人の内訳は、2人が元ワグネルで、もう1人は国防省の兵士だった。
その5人で同じ部屋に居住する。彼らと言葉を交わしていると、軍における狙撃兵のポジションが少しずつわかってきた。
