ピャトナシュカ旅団には新人兵が一人もいない。いわばプロの兵士が集まる師団で、実戦形式のトレーニングもなければ、司令官から戦地の状況説明すらなかった。命令が下れば、いきなり戦地にゴーだ。出撃する場所を知らされるのは早くて前日だし、肝心の作戦内容も向かっている車中で告げられることが多々あった。これがロシア流の戦争だ。末端の兵士に戦闘プランなんてものは無きに等しい。
とはいえ、実戦経験が少ない兵士のため、希望者を対象とした2週間のトレーニングプログラムもあるにはある。プログラムに参加した外国人義勇兵はほとんどいなかったが……。
余計な出費を覚悟すれば、基地近くの街でアパートを借りることもできた。ただし、そこも戦地だ。水道水が2日に1日出るか出ないかで、出たとしても黒色や茶色に濁った水だ。一般市民ならば水道が出るときに、バケツやボトルに水を詰めればいいが、兵士の場合は水道が使えるタイミングで自宅にいるとは限らない。出撃命令が掛かればいつ帰ってこられるかもわからず、アパート暮らしは自由そうに見えて実は不自由な面も案外多いのだ。
狙撃兵には「才能」が不可欠
「サムライ、お願いがある。俺も狙撃兵になりたいんだ」
厚遇の狙撃兵に憧れて、射撃の技術をマスターしたがる歩兵は非常に多かった。常に死と隣り合わせの歩兵に比べると、狙撃兵は命を落とすリスクは低い。それに、射撃技術を向上させれば、たとえ狙撃兵になれなくても白兵戦で有利になる。僕は彼らの提案を快く引き受けた。
800m先に敵がいた場合、狙撃兵は12倍率のスコープを用いて照準を合わせる。それ以上に倍率の高いスコープになると、銃の上で嵩張りすぎて使い勝手が悪い。まずはこうした基本装備を教えたうえで、弾道学を叩き込んだ。