「おれは戦場で人間の頭が砕かれ、胸が裂け、手や足が木っ葉のように海に吹っ飛ぶのを見た」

 太平洋戦争中、戦艦武蔵で死線を経験した若き海軍兵・渡辺清氏。彼が『砕かれた神 ある復員兵の手記』(角川新書)に綴ったのは、作られた美談ではない、血と泥にまみれた兵士たちの真実の姿だ。昭和20年8月15日、降伏の事実を知らされた艦上で、死を覚悟していた若者は何を思ったのか……。同書の一部を抜粋して紹介する。

写真はイメージ(広島県 原爆ドーム) ©︎beauty_box/イメージマート

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「日本は敗けた」艦長の言葉に凍りつく艦内

 艦長は台の上にあがると、いっとき眼をとじて唇をかんでいたが、やがて土色に青ざめた顔をおこしながら、「達する」と前置きして、のどにからまるようなだみ声で口を切った。

「畏くも天皇陛下におかせられては、ポツダム宣言受諾の御聖断をくだされ、本日正午ラジオを通じて降伏詔書を渙発せられた」

 艦長はそこで言葉をきって声をふるわせた。

「まことに断腸の思いであるが、日本は連合国に無条件降伏をした。われわれはついに敗け、敗けた、敗けてしまったのだ」

 無条件降伏! おれはとっさにその意味がのみこめなかった。あわててもう一度その字づらを追った。

 ムジョウケンコウフク……。

 と、そこへ「敗けた」という艦長の涙をふくんだ怒号にちかい一句が重なり、とつぜん闇をかき裂くようにしてその言葉の意味がおどり上がってきた。そうだ、敗けたんだ。全面降伏! そう思った瞬間、異常な戦慄がつめたく背筋を走り、同時にまわりの風景がいっぺんに稀薄になった。海も空も、西の丘陵ぞいに軒をつらねた家々も、正面をさえぎっている工廠の建物もドックも、急に白く霞んだようにゆらゆらと視界から遠のいていく……。

すべて天皇陛下の御意志

 艦長は指で額の汗をはらいながら、急きこんだように先をつづけた。

「本日の御詔勅はすべて天皇陛下の御意志からお下しになったものである。横鎮(横須賀鎮守府)長官からも先程その旨お達しがあった。したがって降伏の御詔勅が下された以上、われわれはあくまでそれに従わなければならぬ。軽挙妄動をつつしみ、かりそめにも陛下の御意志に叛くようなことがあってはならぬ。しかし、御詔勅が下されたといっても、連合国との間に正式に講和が締結されるまでは、現在の戦闘状態は続くことになる。つまり、いまは一時戦闘を停止した「射ち方待て」と同じ状態であって、戦争そのものが終結したわけではないから、今後のなりゆき如何によっては、戦闘を再開する可能性もあり得るのである。よって、本艦の出撃は一応見合わせたということになったが、艦内の戦闘準備はそのままにしておく。なお日課も次の達しがあるまで、即時待機のまま従来通りつづけていくことにする」